話 1
我が一族が滅門の憂き目に遭った後も、姉は相変わらず何事にも執着せず、菊のごとく俗世を厭う風情を崩さなかった。
幸運にも仙山の掌門に見初められたというのに、姉は私のために、平然とそれを断った。
「両親の亡骸もまだ冷めやらぬというのに、あなたはどうしてこれほど薄情で恩知らずになれるの!両親のために喪に服すことさえ忘れてしまうなんて!」
この言葉により、掌門は私を親不孝者と断じた。
対して姉は、情義に厚いと見なされ、掌門に奥義弟子として特別に迎え入れられた。仙門に上がり、三年の喪が明けた後に、山を下りて正式な拝師の礼を執り行うこととなった。
三年の時が過ぎ、その拝師礼の最中、私と姉は共に魔族の手に落ちた。
私が必死の思いで手に入れた食料と水を、姉はさも当然という顔で口にしたが、私には侮蔑の眼差しを向けるだけだった。
「たとえ魔族の手に落ちようと、誇りを失ってはなりません!」
「そなた、魔族に媚びへつらうとは!実に恥知らず、骨の欠片もない!」
果てに、私は飢えに耐えかねて死んだ。 だが姉は、その気高い節操を魔尊に認められ、彼を魅了し、その寵愛を一身に受けることとなった。
再び目を開けた時、私は滅門のあの日へと立ち戻っていた。
1.
「李如星、そなたは類稀なる天賦の才を持つ。我が弟子となり、私と共に落霞峰へ参る気はないか?」
聞き覚えのある声が、頭上から響いた。
はっと顔を上げると、そこは見る影もなく破壊された我が家であった。
両親の亡骸は戸口に横たえられ、血に染まったその体は、破れた白い布でかろうじて覆われている。
そして、私の目の前に立つのは、落霞峰の掌門その人であった。
落霞峰は仙門の筆頭であり、その外門弟子となるだけでも、幾重もの試練を乗り越えねばならない。
我らのような俗世の者にとって、「仙門」という二文字だけでも仰ぎ見るべき存在であるのに、ましてやその頂点に立つ落霞峰となれば、言うまでもない。
故に、今私の目の前に差し出されたのは、両親の仇を討つためのまたとない好機であった。
はっきりと覚えている。滅門のこの日こそ、前世で私が彼に会った、ただ一度の機会だった。
あの日、姉に心惹かれたとある公子が、八人で担ぐ豪奢な輿を用意させ、彼女を妻に迎えたいと、近隣の者たちの前で想いを告げた。
だが、天よりも高い矜持を持つ姉は、己の清らかな品性が辱められたと感じ、手元にあった茶器をためらいなく投げつけた。
その茶器は上等な磁器でできており、見事に男の急所に命中した。血が飛び散り、公子はその場で気を失った。
姉は血相を変え、混乱の隙をついて密かにその場を逃げ出した。
しかし、その公子は城主の一人息子。姉のせいで、彼の後半生は台無しになったのだ。
城主は怒り狂い、かねてより不穏な動きを見せていた魔族と結託し、我が一族を皆殺しにしたのである。
両親も、侍女や下僕たちも皆、惨殺された。私は両親によって地下室に隠され、かろうじて生き延びた。
夜が明け、姉がよろめきながら家に戻ってきた。
こうして、私と姉は、一族でただ二人の生き残りとなった。
しかし、この惨事が魔族の仕業であり、城主もまた息子を連れて町を去ってしまったため、役所は証拠を見つけられず、我が家の十数人の死はうやむやにされてしまったのだ。
そしてその日、魔族の妖孽を討伐するために山を下りていた掌門がこの一件を耳にし、私と姉に憐れみを抱いた。
様子を見に来た彼は、私が天賦の剣骨を持つことに気づき、驚嘆したのだった。
そして今、私の耳元で、前世と寸分違わぬ姉の、悲痛に満ちた声が響く。「如星、両親の亡骸もまだ冷めやらぬというのに、あなたはどうしてこれほど薄情で恩知らずになれるの!両親のために喪に服すことさえ忘れてしまうなんて……!あなたは、それほどまでに権勢に媚び、強きを助け弱きを挫く人間だったの!?」
前世でも、姉は全く同じことを言った。
当時の私は頭が真っ白になり、一言も言い返すことができなかった。
それが傍目には、図星を突かれたように映ったのだろう。
掌門はこの一件で、私を親不孝で、類稀な才を持ちながらも心が邪な者と断じ、二度と弟子に迎えるとは口にしなかった。
そして翌日、姉は情義に厚いという理由で掌門の奥義弟子となり、拝師礼を待たずして仙門へ修行に上がることが許された。
姉が去れば、城主の報復が私に向けられることは分かっていた。だから私は、共に連れて行ってくれるよう、声を枯らして懇願した。
だが姉は、私の手をそっと振り払うだけだった。「仙門が弟子を選ぶには、幾重もの試練がございます。もし私が掟を破ってあなたを連れて行けば、誰か他の者の機縁を奪うことになりましょう。それは、あまりに不作法というものです」
掌門は彼女をさらに称賛した。進退をわきまえ、礼節を守る、高貴な品性の持ち主だと。
そして私は、唾棄され、軽蔑される、 完全なる「利己的な者」となった。
姉が仙門にいた三年間、私は城主の追手に追われ、骨を砕かれ、もはや修仙の道を歩むことは不可能となった。
三年後、姉の拝師礼の場で、私は彼女に自分を連れて行くよう再び懇願した。だがその時、魔族が再び襲来し、私と姉は捕らえられ、日の差さぬ牢獄に閉じ込められた。
私は生きる機会を得るため、一口の食料と引き換えに、奴隷のように媚びへつらった。
修仙の者でもない私が、あの哀れな食料なくして、どうして生き延びられようか。
だが姉は、私が必死に乞い求めた食料を口にしながら、上から目線で私を諭した。その瞳には、軽蔑と侮蔑の色が満ちていた。
「たとえ魔族の手に落ちようと、誇り高く生きなければなりません!」
「そなた、魔族に媚びへつらうとは!実に恥知らず、一片の気骨もない!」
姉の言葉は魔尊の耳に入り、私は二度と食料を与えられず、牢獄で餓死した。
一方で姉は、決して屈せぬその気骨を魔尊に認められ、彼を魅了し、その寵愛を受けることとなったのだ。
あの時、姉の一言が、私たちの全く異なる運命を決定づけた。
だが、やり直す機会を得た今、私の運命が、もはや他人に左右されることはない。
話 2
姉上の言葉が、地に打ち付けられるように響いた。
地にひれ伏したままの私は、されど前世の如く沈黙を守りはしなかった。歯を食いしばり、すっくと立ち上がったのだ。
「姉上は間違っております。如星は、落霞峰へ入るつもりはございません」
私の目には、両親を亡くした悲しみと無力感から涙が溢れていた。
「姉上のおっしゃる通りです。両親は亡くなったばかり。三年の孝期、もし私がここを離れてしまえば、一体誰が二人を弔うのですか?」
姉上の顔が引きつり、その表情は崩れ落ちんばかりであった。声も思わず甲高くなる。「ですが、お前の先ほどの態度は、明らかに両親と私を見捨てて、一刻も早く立ち去りたいというものではなかったか!」
前世の私は、確かにここを離れたいと焦っていた。ゆえに、その焦りが表情にも表れていたのだろう。
掌門の探るような眼差しが私に注がれる。私は臆することなくその視線を受け止め、まっすぐに見返して頷いた。
「はい。確かに、ここを離れたいという考えはございました」姉上が口を挟むより先に、私は言葉を続けた。「あの時は憎しみに心がくらみ、仙術を修めれば両親の仇を討てるものと、ただそればかりを考えておりました」
「ですが今は、姉上のお言葉こそが正しいと存じます。両親の亡骸もまだ冷めきらぬうちに、どうして娘である私がここを去れましょうか。それは、あまりに大きな不孝にございます!」
「仇討ちにつきましては……君子の復讐は十年を待つも遅からず、と申します。三年、待つ覚悟はできております」
掌門は感心したように私を見つめ、しばし沈思したが、すぐには可否を示さなかった。
姉上の顔色が悪くなるのが、手に取るようにわかる。
彼女は口先では入門を拒んでいたが、その心では誰よりも、仙気に満ちたあの落霞峰へ行くことを渇望していたのだ。
己の計画がすべて打ち砕かれ、掌門の心の中にある私の印象を貶めるどころか、私の言葉が原因で自分まで仙門に入れなくなるやもしれぬ――。
姉上は私の腕を掴むと、宗主の存在すら意に介さず、耳元で囁いた。
「落霞峰がどれほど素晴らしい場所か。霊気も霊薬も、こことは比べものにもならないのですよ?あなた……本当にこのまま諦めるというのですか?」
その声には、私を唆す響きが色濃く含まれていた。
私が誘惑に屈し、自ら宗主について行きたいと言い出すのを待ち望んでいるのだ。そうなれば、彼女は再び道徳という高みから、大義名分を振りかざして私を糾弾できる。
私を踏み台とし、ただひたすらに高みを目指す。長きにわたり、私は姉上のための捨て石に過ぎなかった。
私の存在は、彼女の「菊のごとく淡泊で、何事も争わぬ」という人格を引き立てるための緑葉でしかなかったのだ。
だが、私はもう前世のような純真な李如星ではない。
私は悲しみに打ちひしがれたふりをして、両親の亡骸の前へと崩れ落ちた。
声を詰まらせ、涙で瞳を潤ませながらも、しかし、この上なく固い決意を込めて答えた。「私は、落霞峰へ入る機会を辞退いたします!両親のため、三年間、喪に服しとうございます!」
「掌門、誠に申し訳ございません。三年の孝期を終えた後、必ずや試練に臨み、正々堂々と貴方様の弟子となります!」
言い終えると、私は恭しく三度、音を立てて額づいた。
姉上は、完全に呆気に取られている。
何かを言いたげであったが、あまりにわざとらしくなるのを恐れたのだろう。
手にした絹の布は、ねじ切れんばかりに強く握り締められていた。唇をわななかせたが、ついぞ一言も発することはなかった。
私は心の中で冷笑した。
姉上は気づいていない。掌門が彼女に向ける視線に、すでにいくばくかの探る色が混じっていることに。
彼女はまだ修行の世界に触れておらず、知る由もないのだ。掌門ほどの仙道を修めた者ならば、たとえ十里離れた場所の囁き声さえ、はっきりと聞き取れるということを。
これほどの歳月を生きてきたお方が、姉上の言葉に隠された暗示を聞き逃すはずがない。
私の一連の振る舞いは、それまで態度を決めかねていた掌門の心を、ついに固めさせた。
掌門は歩み寄り私を立たせると、称賛に満ちた眼差しで言った。「そなたは、実に良き子だ。私は喜んで掟を破り、そなたを我が直弟子として迎え、山で修行をさせよう。入門の儀は、三年の孝期を終えた後に、改めて執り行えばよい」
「そなたの両親の後のことは、私が人を遣わして手伝わせる。二人を弔い、安らかに土に還したならば、私と共に参るのだ」
その言葉は、前世と一言一句違わなかった。
ただ――その対象が、姉上から私に変わっただけのこと。
「ありがたき幸せにございます、掌門!」私は声を張り上げた。「この御恩、如星、決して忘れませぬ」
「うむ、良き子だ。何か困ったことがあれば、いつでも私を訪ねてまいれ」
掌門は私の頭をそっと撫で、一つの巾着を手渡すと、ある場所の名を告げて去っていった。
その背中が見えなくなると、姉上は先ほどの菊のごとき淡泊さをかなぐり捨て、顔色を豹変させ、抉るように私を睨みつけた。
わかっている。彼女は、私が彼女の筋書き通りに動かなかったことを怨んでいるのだ。本来、この絶好の機会は彼女のものとなるはずだったのだから。
しかし姉上、元より誰かのものだと定められているものなど、この世に何一つないのですよ。
前世で彼女が手に入れたものすべて、私の血肉を糧にして得たものではなかったか。
この私という引き立て役を失くして、あの「菊のごとく淡泊」な仮面が、果たしていつまで保つものか。