1

五年もの間、私は「頭領の番」だった。けれど夫である大和がその愛情を注いだのは、ただ一人の女だけ。

盛大な会のパーティーで、私たちの脆い見せかけの夫婦関係は崩れ落ちた。巨大なクリスタルのシャンデリアが天井から引きちぎれ、私たち三人の頭上へと落下してきたのだ。

恐怖に凍りつく一瞬、大和は選択をした。

彼は私を乱暴に突き飛ばした。安全な場所へではない。砕け散る破片が降り注ぐ、その真っ只中へ。彼は自らの体を盾にした。けれどそれは、愛人である玲奈だけを守るためのものだった。

医務室で目覚めた私の体はボロボロで、内なる狼との繋がりは一生癒えないほどの傷を負っていた。ようやく彼が見舞いに来た時、その顔に後悔の色はなかった。彼はベッドに横たわる私を見下ろし、究極の裏切りを口にした。神聖な絆を無慈悲に引き裂く、「離縁の儀」を執り行ったのだ。

魂が引き裂かれるほどの苦痛に、私の心臓は止まった。

心電図のモニターが一本の直線を描く中、会の医師が血相を変えて飛び込んできた。彼は命のない私と、大和の冷酷な顔を交互に見て、恐怖に目を見開いた。

「なんてことをしたんですか!」彼は絶叫した。「月女神様にかけて…!彼女は、あなたの跡継ぎを身籠っているんですよ!」

第1章

ローズマリーと、じっくり火を通した骨付きラム肉の香り。私たちの小さな家を暖かな空気で満たすはずだったその匂いは、私が神聖なものだと信じていた五年間の絆の証となるはずだった。

なのに、部屋の空気は薄く、冷え切っている。どんな香りも、待つことの沈黙に飲み込まれてしまった。

私はシンプルなリネンのワンピースの皺を、もう十回も指で伸ばした。肌に触れる柔らかく着慣れた生地は、そのすぐ下で波打つ神経質な昂ぶりとは対照的だ。

テーブルの真ん中に置かれた細い花瓶の一輪の白い薔薇を整える指が、微かに震える。完璧な、ただ一輪の花。まるで今の私みたい。

*彼なら、これを見てくれるはず。*

私は自分に言い聞かせた。それはもう何度も繰り返してきた、絶望的な祈り。

*この努力を、この愛を見て、きっと昔を思い出してくれる。*

でも、この一年で疲れ果て、賢くなってしまった私の一部は、そんなことはないと知っていた。それは愚かな希望。私が抱きしめようとし続けている、ただの幻。

ホールの大きな古時計が九時を、そして十時を告げた。ラム肉は冷め、グレービーソースは固まっていく。灯した一本の蝋燭の炎が揺らめき、まるで私の孤独そのものが亡霊になったかのような、長い影を踊らせた。

いつもは心の奥で丸まって安らぎを与えてくれる私の狼が、落ち着きなくクンクンと鳴いている。私の苦痛を感じ取っているのだ。彼女も私と同じくらい、番である彼の不在を痛切に感じていた。

ようやく玄関のドアが、十一時半に開いた。その音はあまりに唐突で、私が守ってきた静かな夜を乱暴に壊すようだった。

翠明会の頭領であり、私の番である大和が中へ入ってくる。その瞬間、私がしがみついていた脆い希望は、ガラス細工のように粉々に砕け散った。

彼はテーブルに目を向けなかった。私を見ることもなかった。嵐の海のような色の瞳は、どこか遠くを見ている。高価なレザージャケットの下の力強い肩はこわばり、顎は硬く、非情な一線を描いていた。

でも、何よりも先に私を打ちのめしたのは、匂いだった。肺から空気を奪う、物理的な一撃。それは第二の皮膚のように彼にまとわりついていた。雨に洗われた土の匂い、野心的な野性の匂い、そして、玲奈の、甘ったるくて鼻につく香水の匂い。

私の心臓が、愚かで頑固な臓器が、胸の中で固く締め付けられた。

*またなの。お願い、今夜だけはやめて。*

「遅かったのね」

私が発した声は、自分でも驚くほど小さかった。耳の中で轟く失望の音にかき消されそうな、ただの囁き。

彼はようやく私に目を向けた。その視線は、丁寧に準備されたテーブル、手つかずの食事、そしてたった一輪の希望の薔薇をなぞるように動いた。そこには温かみも、謝罪の言葉もない。ただ、私の存在そのものが背負わされた重荷であるかのような、深く、骨の髄まで染みるような疲労感だけがあった。

「仕事が長引いたんだ、詩織」

彼の声は荒々しく、苛立っていた。彼はジャケットを脱ぎ捨て、椅子の上に無造作に放り投げる。その無頓着さが、全てを物語っていた。玲奈の香りが一層強くなり、私たちの家を満たし、全てを汚していく。

「あなたの好物を作ったの」私はもう一度試みた。悲しく冷めていくディナーを指差しながら。「私たちの、記念日だから」

彼の顎の筋肉がぴくりと動いた。彼は苛立ちを隠しもせず、黒髪を手でかき上げた。

「お前のそういう感傷的なところは、正直うんざりするんだ。義務だからって、いちいち付き合ってられるか」

一つ一つの言葉が、狙いすました矢のように飛んできて、全て私の心に突き刺さった。*うんざり。義務。付き合う。*

彼は私の愛を贈り物としてではなく、面倒な雑用として見ていた。私が何時間もかけて準備した食事も、一日中大切に育んできた思い出も、彼にとってはただの時間の無駄遣い。頭領としての彼の壮大な人生における、ただの邪魔者でしかなかった。

私の内なる狼が、私の魂の痛みに共鳴するように、低く、傷ついた声でクンと鳴いた。私は唇を固く結び、涙がこぼれるのを必死でこらえた。泣けば、彼をさらに苛立たせるだけだから。

彼は私を通り過ぎてキッチンへ向かう。その体重で床板が軋んだ。冷蔵庫が開き、瓶がカチリと鳴る音が聞こえる。彼はビールを一本持って戻ってくると、手首のスナップだけで王冠をひねり開けた。

彼は長い一口を飲み干す。喉が動き、その目は私の肩越しの一点をじっと見つめていた。まるで私が、すでに壁紙に溶け込んで消えてしまったかのように。

「会の幹部会が長引いてな」

彼はそう言った。それは形ばかりの、空虚な言い訳。嘘だとわかっていた。彼の全身から、真実の匂いがしたから。

*聞いてしまいなさいよ。*

自己破壊的な小さな私が、そう囁いた。

*対決するのよ。この地獄を終わらせて。*

でも、できなかった。私は臆病者だった。この悪夢を現実に変えてしまう言葉を聞くのが、怖くてたまらなかった。

だから私はただそこに立っていた。自分のための祝宴に現れた幽霊のように。私の番がビールを飲み干し、別の女の匂いをさせている間、ただじっと。

*

二日後、胸の傷はまだ生々しく、膿んでいた。

私たちは会の公式な晩餐会に出席していた。大和が、体面のために出席しろと強く主張したイベントだ。

会の本部の広間は、会話と笑い声で賑わい、ワインとロースト肉の匂いが立ち込めている。銀食器が磁器に当たる音が、絶え間なく、耳障りな合唱のように響いていた。

私は上座で大和の隣に座っていた。親友の美咲が「絶対に着るべき」と言ってくれた深い青色のドレスを身にまとった、完璧な頭領の番の肖像画のように。

「綺麗だよ」彼女は私にそう言ってくれた。その瞳には、私が耐えられないほどの同情が浮かんでいた。「彼に、自分が見過ごしているものの価値を思い知らせてやりなよ」

でも、大和は見ていなかった。彼の注意は、いつものように、テーブルの向こうの玲奈に釘付けだった。

彼女は取り巻きに囲まれ、その笑い声は甲高く、私の神経を逆撫でした。彼女が美しいことは否定できない。艶やかな黒髪、きらめく瞳。彼女の狼は活気に満ち、攻撃的で、自信に溢れていた。私が持っていない、全てのものを。

その時、鋭く、慣れ親しんだ痛みが腰を貫いた。何年も前に縄張りの境界での小競り合いで負った古傷の、悪意に満ちた反響。それは決して完治することなく、ストレスや寒さで再発する。今夜は、耐え難いほどだった。

私は息を呑み、痛む場所に手を当て、指の関節で強く押し込んだ。平静を装い、息を整えようとしたが、めまいの波が襲ってきた。頭上のシャンデリアのきらめきが、視界の中で揺らぐ。

私は大和の方へわずかに身を寄せ、かすれた声で囁いた。

「大和、痛みが…今夜はひどいの」

彼は顔を向けなかった。微動だにしない。彼の意識は完全に玲奈の上にあった。彼女はちょうど、些細な社交上の侮辱を大げさに語り終えたところで、下唇を震わせ、完璧な悲劇のヒロインを演じていた。

「あの女に、あんな口の利き方をされる筋合いはないわ」玲奈の声がテーブル中に響き渡った。「屈辱的よ!」

即座に、大和の態度ががらりと変わった。彼は身を乗り出し、その表情は、私がもう何年も向けられたことのない気遣いで和らいだ。彼の声は低く、心を落ち着かせるような響きだった。

「気にするな、玲奈。あんな女、どうでもいいだろう。お前は、そんなものよりずっと上の存在だ」

彼は私を、完全に、徹底的に無視した。私の肉体的な苦痛は彼には見えず、玲奈が作り出した感情的なドラマよりも重要ではなかった。

それは公の場での宣言であり、明確で残酷な優先順位の表明だった。私は二の次。私は無価値。

腰の痛みは鈍い炎だったが、心の痛みは燃え盛る業火だった。他の会のメンバーたちの視線を感じた。哀れみ、憶測。屈辱が、まるで物理的な熱となって首筋を這い上がってくる。

もういられない。もう一秒たりとも、彼の人生の小道具としてここに座っていることはできなかった。

番に気づかれることもなく、静かに椅子を引いて、震える足で立ち上がった。私は背筋を伸ばして広間を歩き去った。一歩一歩が、腰の痛みと、自分の無価値さという crushing weight との戦いだった。

*

私のアトリエだけが、私の聖域だった。

家の裏にある、小さな小屋を改装したその場所は、乾燥させたハーブとオゾン、そして古い羊皮紙の匂いがした。

ここは、私が大和の顧みられない番以上でいられる場所。ここでは、私は私自身だった。

棚にはきらめく粉末や希少なクリスタルが入った瓶が並んでいる。梁からはハーブの束が吊り下げられ、唯一の窓から差し込む月明かりの中に、香しい影を落としていた。

私の魔術は、私たちの会では珍しいものだった。ほとんどの仲間が腕力と政治力に頼る中、私は元素に親和性を持っていた。それは忍耐と集中を要する、静かで難しい魔術。それが私の慰めだった。

私はスツールに腰を下ろした。使い慣れた木の感触が心地よい。腰の疼きを無視し、浅い銅製のボウルの上に両手をかざした。

目を閉じ、大和が玲奈を慰める姿を心から追い出す。私は自分の中にある冷たく空虚な場所、かつて彼の愛情があった場所に意識を集中させた。その冷たさ、その痛みを引き出し、それを魔力に変換した。

ゆっくりと、ボウルの縁に霜が降り始めた。それは繊細で複雑な模様を描きながら広がり、私の痛みから生まれた美しいものだった。

手のひらの上に、完璧な雪の結晶が一つ現れ、静かに回転してから、儚く溶けて消えた。

それは小さな創造の行為。私の世界が崩壊している時でさえ、私はまだ美しいものを生み出せるのだという、ささやかな証明だった。

柔らかなチャイムの音が、私の集中を破った。作業台の上に置かれた、安全な長距離通信用の小さな魔法のタブレットからだった。私がメッセージを受け取ることは滅多にない。まだ冷たいエネルギーで痺れている指で、画面をタップした。

メッセージは暗号化され、白銀ギルドの印章が記されていた。それは全ての魔術分野を監督する、権威ある中立組織。

私は息を呑んだ。震える手で、メッセージを解読する。

言葉が画面に浮かび上がった。アトリエの薄明かりの中で、それはあまりに鮮やかで、信じがたいものだった。

*翠明会所属、詩織殿*

*貴殿の特異な元素の資質は、評議会の認めるところとなりました。よって、本日より一ヶ月後の満月の夜に開催される『星辰の集い』への参加を、正式に招待いたします。前夜祭へのご出席をお願い申し上げます。詳細は追って通知いたします。*

星辰の集い。十年に一度の魔術の祭典。あらゆる領域から最も強力な術者たちが集う。それは伝説であり、夢だった。

地位でも、所属でも、番が誰であるかでもなく、ただ実力だけが全てを意味する場所。

心臓が肋骨を激しく打った。狂おしく、希望に満ちたリズム。

これは単なる招待状ではなかった。これは逃げ道。チャンス。息が詰まるような同情と、望まれないという絶え間ない苦痛から解放された、完全に私自身の人生。

本当に、本当に久しぶりに、自然な、心からの笑みが私の唇に浮かんだ。それは小さく、脆いものだったけれど、本物だった。

息苦しい暗闇の中に差し込んだ、希望の光だった。

2

白銀ギルドの舞踏室は、光と音の息をのむようなスペクタクルだった。翠明会の、素朴で木の温もりがある広間とは別世界だ。

ここでは、小さな馬車ほどの大きさもあるクリスタルのシャンデリアが、凍った星のように光を滴らせ、その輝きは磨き上げられた大理石の床に反射していた。

空気は感じ取れるほどの力で満ち、百種類もの異なる魔術の気配が混じり合った、 intoxicating な香りがした。高価な香水、シャンパン、そして野心。弦楽四重奏の優しいメロディーが、洗練されたゲストたちの会話の間を縫うように流れていた。

生まれて初めて、私は…注目されていると感じた。

美咲は、彼女自身の魔法を私にかけてくれた。彼女が見つけてくれたドレスは夜空の色。深く、きらめく藍色が私の体の曲線に沿い、床に向かって広がっている。肩は大胆に露わになり、髪は優雅にまとめ上げられ、長く白い首筋を見せていた。シンプルな銀のイヤリング以外、アクセサリーは何もつけていない。私はエレガントで、力強く、そして心底怯えていた。

でも、私がパーティー会場に足を踏み入れると、ドアに最も近かったグループが静まり返った。囁き声が、ドレスの裾のように私についてくる。

「あれが彼女だ…翠明会の元素使い」

「炎を凍らせることができるって聞いたわ」

「頭領の番が参加するなんて、前代未聞だ」

その囁きには、同情や軽蔑ではなく、不本意ながらも好奇心に満ちた敬意が込められていた。

『星辰の集い』への参加が認められたことで、私は自分の会では決して得られなかった地位を手に入れたのだ。それは intoxicating だった。

私は小さく、自信に満ちた笑みを唇に浮かべ、背筋を伸ばした。今夜、私はただの大和の番ではない。私は詩織、挑戦者なのだ。

部屋の向こうに、厳めしい顔つきの頭領たちの一団と立つ彼が見えた。大和。

仕立ての良い黒のスーツに身を包んだ彼は、まさに力と権威の象徴だった。彼の目が私を捉え、ほんの一瞬、もう何年も見ていなかったものが見えた。所有欲の閃き。

溶けた黄金のような瞳をした別の頭領が私に微笑みかけ、軽く会釈するのを見て、彼の顎が引き締まる。

*今になって私に気づくの?* 私は思った。苦い満足感が腹の底で渦巻く。*他の男たちが私を見るようになって?あなた以外の価値を私が手に入れたから?*

彼は私に向かって歩き始めた。その進路は、群衆を切り裂く、まっすぐで妥協のない一本の線。人々は、いつものように彼のために道を開けた。

心臓が、肋骨に対して狂ったように、神経質なリズムを刻み始める。彼が何を言うのか、何を要求するのかわからなかった。怒るだろうか?この公の場で私を自分のものだと主張し、支配権を再び示そうとするだろうか?その考えは恐ろしくもあり、恥ずかしながら、少しスリリングでもあった。

彼が部屋を半分ほど横切った時、それは起こった。

低く、激しい揺れが、この古い建物の基礎そのものを揺るがした。それは地震ではなかった。もっと深く、もっと魔術的な、まるで世界そのものが抗議の呻きを上げているような感じだった。

驚きの声が群衆に広がる。銀のトレイの上でシャンパングラスがガタガタと音を立て、弦楽四重奏は不協和音を立てて途切れた。

私の目は上を向いた。はるか頭上で、古代の、魔力を帯びたクリスタルがふんだんに使われた巨大なシャンデリアの一つが、激しく揺れていた。何世紀も前の留め具が天井から引きちぎれ始める、吐き気を催すような軋む音が広間に響き渡った。

それは、私たちの真上にあった。

私だけではない。残酷な運命のいたずらで、シャンデリアの死の軌道は、大和、まるで呼び出されたかのように彼の隣に現れた玲奈、そして私が立っている、まさにその大理石の上に中心を定めていた。

*

時間はスローモーションにならなかった。粉々に砕け散った。

私の心は、たった一回の、恐ろしい心拍の間に、千もの詳細を処理した。

玲奈の喉から引き裂かれるように上がった悲鳴。天井から降り注ぐ埃と漆喰のシャワー。舞踏室全体の、息を呑む音。落下するクリスタルからの光が屈折し、床に千ものパニックに満ちた虹を投げかける様。

大和は私たちの間に立っていた。彼の番である私と、彼の執着の対象である玲奈の間に。

私の狼が心の中で絶叫した。原始的な恐怖の叫びと、必死で本能的な嘆願。*番が私たちを救ってくれる。彼が私たちを守ってくれる。*

でも、私は彼の目を見た。一瞬の計算、選択の閃きを見た。そこには躊躇はなかった。葛藤もなかった。ただ、本能だけがあった。

彼の本能は、私のためではなかった。

残酷なほど速く、そして devastatingly clear な動きで、彼は動いた。しかし、私の方へではない。

彼は私を突き飛ばした。強く。かつて私の手をあんなにも優しく握ったその手が、私の肩に叩きつけられた。

それは、メインのシャンデリアから私を逃がすための突き飛ばしではなかった。それは暴力的で、無思慮な排除だった。彼は私を脇へ放り投げた。最初の衝撃で降り注ぐ、重いクリスタル混じりの破片と裂けた木材の二次的なシャワーの、まさにその進路へと。

彼は私を救うためにそうしたのではない。彼は自分の道を切り開くためにそうしたのだ。

世界は痛みと裏切りの万華鏡になった。私が後ろによろめき、足首が捻じれる中、私の最後の意識が見たのは大和の姿だった。

彼は跳躍し、その体は力強い保護の盾となり、玲奈を包み込んだ。彼は彼女を胸に抱きしめ、私に完全に背を向け、落下する漆喰の小さな衝撃を吸収して、彼が本当に価値を置く女性を守った。

彼は一度も、振り返らなかった。

彼の唇が、私の名を呼ぶことはなかった。私の安全は、彼の思考の中にはなかった。私は障害物。彼が precious なものを救うために必死になる中で、脇に追いやられるべき家具の一部だった。

そして、世界が爆発した。墓石のように重い、装飾的な天井の一部が私の脇腹に激突した。痛みは白熱した超新星のようで、目をくらませ、絶対的だった。

砕け散るクリスタルの音、悲鳴、そして私自身の骨が折れる音が、世界が果てしない、静かな闇に溶けていく前に聞いた最後のものだった。

3

目覚めると、消毒液の匂いと、冷たく無機質な空気が肌を刺した。薄くてゴワゴワした毛布が顎まで引き上げられ、執拗な、リズミカルなビープ音が静かな部屋に響いていた。

医務室。翠明会の医務室だ。

私の体はまるで異国の地のようだった。かろうじて認識できる、苦痛に満ちた風景。息をするたびに肋骨に新たな炎が走り、足、背中、骨の髄から鈍く重い疼きが脈打っていた。

*彼は私を突き飛ばした。* その思いが、胃の底に冷たく硬い石のように沈んでいた。*彼は私を捨てたんだ。*

会の年配のヒーラーである江藤先生が部屋に入ってきた。その顔には心配の皺が刻まれている。彼の親切で潤んだ青い瞳には、私の肌を這うような深い同情が湛えられていた。

彼は静かに効率よく動き、ベッドの横にあるモニターをチェックする。私の不安で心拍数が急上昇し、リズミカルなビープ音が速まった。

「…どのくらい、ひどいんですか?」私は囁いた。声は乾いて、しゃがれていた。

彼はため息をつき、肩を落とした。ベッドサイドにスツールを引き寄せ、その表情は険しい。

「詩織さん…衝撃は深刻でした。複数の骨折。内臓の打撲。しかし、最悪なのはそれだけではありません」

私は身構え、薄い毛布を握りしめた。

「あのシャンデリアは古く、集光クリスタルで魔法がかけられていました」彼は穏やかな声で説明した。「それが砕けた時、混沌とした魔力が爆発的に放出されたのです。クリスタルの破片があなたの背中、脊椎の近くに埋まっています。それが…あなたの繋がりを妨害している」

血の気が引いた。

「私の繋がり?…狼との?」

彼はゆっくりと頷き、その視線は揺るがなかった。

「破片が、あなたとあなたの魂の狼を結ぶ主要な神経経路を永久に損傷させました。彼女はまだそこにいますが、繋がりは…ほつれ、弱まっています。これから変身するのは困難になるかもしれません。痛みは計り知れないでしょう。詩織さん、一生、後遺症が残るかもしれません」

喉から押し殺したような嗚咽が漏れた。私の狼。彼女は私の力であり、仲間であり、魂の片割れだった。その繋がりが断たれ、自分の体に閉じ込められるなんて…それは死よりも酷い運命だった。

ずっとこらえてきた涙が、ついに溢れ出した。熱く、静かに、頬の汚れの上を伝っていく。

「大和は…来ましたか?」私は尋ねた。その問いは口の中で灰のような味がした。知る必要があった。私の心の奥深く、傷つき、愚かな部分が、彼が後悔に満ちた顔でこのドアから入ってくることをまだ望んでいた。

江藤先生の表情が硬くなった。彼は私の目を見ることができなかった。

「彼は玲奈さんと一緒にいます。彼女は…ショック状態だったそうで」

*ショック状態。* その言葉は苦い嘲笑だった。私の番の体に守られ、かすり傷一つなく立ち去った玲奈が、ショック状態。そして、彼の行動のせいで壊れ、おそらくは後遺症を負う私が、この冷たい白い部屋に一人で置き去りにされている。

私の中に残っていた最後の、揺らめく希望の残り火が消え、冷たく硬い確信だけが残った。

彼は私を愛していない。これからも、決して。

*

彼がようやく現れたのは、二日後のことだった。

私の部屋のドアが開き、彼はそこに立っていた。廊下の光に照らされて、シルエットになっている。パーティーで着ていた仕立ての良いスーツではなく、シンプルな黒いシャツとジーンズ姿だったが、彼にまとわりつく力と支配のオーラを少しも損なうことはなかった。

彼の顔は冷たい無関心の仮面で覆われ、その嵐のような瞳には、後悔や心配のかけらもなかった。

彼はベッドで壊れて横たわる私を見て、唇の端をかすかに歪めた。

「起きていたのか」それは問いかけではなかった。

私は彼を見つめた。心臓は胸の中で氷の塊になっていた。

「あなたが、私を突き飛ばした」

「俺は玲奈を救ったんだ」彼は平坦で硬い声で訂正した。「その過程で、お前は見苦しい姿を晒し、彼女を精神的に追い詰めた。お前は我々の会に恥をかかせたんだ、詩織。あんなに大勢の頭領たちの前で、そんな無様な姿で横たわって」

彼の言葉のあまりの大胆さ、完全な責任転嫁に、私は息を呑んだ。彼は*私*を非難している。彼自身の残酷な選択の犠牲者である*私*に、怒りを向けている。

怪我の痛みなど、彼の残酷さがもたらす苦痛に比べれば何でもなかった。

「私は死んでいたかもしれないのよ」私は囁いた。その言葉は、完全に表現するには弱すぎる怒りで震えていた。

「その方が良かったかもしれないな」彼の声は、ぞっとするほど穏やかだった。「この…俺たちを結ぶこの絆。それは弱点になった。鎖だ。お前のその依存心、感傷的なところは…俺の力を削ぐ。もうこれ以上、許容できない邪魔者だ」

彼はベッドに一歩近づいた。彼の存在が部屋を満たし、私を窒息させる。彼は私を番としてではなく、解決すべき問題、消去すべきエラーとして見下ろしていた。

「古来より伝わる『離縁の儀』を執り行う」彼は宣言した。その言葉は形式的で、儀式的で、そして、完全に最終的なものだった。

私の世界が止まった。モニターのビープ音が遠くに消えていくようだった。離縁の儀。それは最も極端な裏切りの場合にのみ用いられる、残忍で古風な儀式。強制的な拒絶。月女神様自身によって祝福された絆を、魔術的に引き裂く行為。

「やめて」私は息を呑み、首を振った。その動きで頭蓋骨に短剣が突き刺さるような痛みが走る。「大和、そんなこと…」

彼の目は氷のかけらのようだった。

「俺、翠明会頭領、大和は、詩織、お前を番として拒絶する。これにて、我らの絆は断たれた」

その言葉が彼の唇から離れた瞬間、私がこれまで経験したことのない痛みが私を貫いた。それは肉体的なものではなかった。魂が抉り取られるような感覚だった。

喉から、生の、獣のような叫び声が引き裂かれるように上がった。五年もの間私たちを結びつけていた銀色の絆の糸が、プツリと切れた。その反動は壊滅的だった。心臓が爆発し、魔力が制御不能に陥り、生命力が、かつて彼がいた虚空へと吸い取られていくようだった。

世界の縁が灰色に染まっていく。ベッドサイドのモニターのビープ音が、甲高い、連続した一本の音になった。

*

私が最後に見たのは、勢いよく開かれたドアだった。江藤先生がパニックに満ちた顔で駆け込んできた。彼は一本の線を描くモニターを一瞥し、それから大和の冷たく、動かない姿を見た。

「なんてことをしたんですか!」彼は叫んだ。その声は信じられないという気持ちでひび割れていた。彼は必死に医療用タブレットの診断を開始し、その手は画面の上を飛ぶように動いていた。

大和は答えなかった。彼はただ、私が死んでいくのを見ていた。その表情は読み取れない。

江藤先生はモニターを見つめ、目を大きく見開き、顔から血の気が引いていった。彼は光る画面から大和の非情な視線へ、そしてベッドの上の私の壊れた体へと視線を移した。純粋な、混じりけのない衝撃と恐怖が、彼の顔に浮かび上がった。

「頭領…」ヒーラーはどもった。その声は震え、かろうじて聞き取れるほどの囁きだった。「拒絶の…その反動は…彼女だけを傷つけているのではありません」

彼は震える息を吸い込み、その目は大和の目と固く結ばれた。

「月女神様にかけて…!彼女は、あなたの跡継ぎを身籠っているんですよ!」

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彼の望まれない番、彼女の禁断の魔法

第1話
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