話 1
五年もの間、私は運命の番である蓮を愛していた。アルファの娘という立場を利用して、地位の低かった彼を群れのナンバー3であるガンマにまで押し上げた。月の女神が授けてくれた、私たちの絆は特別な贈り物だと信じていた。
その信仰が粉々に砕け散ったのは、私が偵察中に「はぐれ」の群れに襲われた時だった。喉元に銀のナイフを突きつけられ、私は思念通話で必死に彼の名を叫んだ。けれど、彼が応答することはなかった。後で知ったことだが、彼は私の異母妹とベッドを共にし、私の助けを求める声を無視していたのだ。
群れのパーティーで彼を問い詰めると、彼は衆目の前で私を侮辱し、あろうことか私の顔を平手打ちした。私が拒絶の言葉を口にすると、彼は私を逮捕させ、地下牢に放り込んだ。
彼の命令で、囚人たちは何日も私を拷ucした。食事を与えず、銀の刃で体を切り刻み、寒い石柱に縛り付けた。魂を捧げた男は、私が完全に壊れることを望んでいた。
汚れた床に横たわりながら、私はようやく理解した。彼は私を愛してはいなかった。私が与える力を愛していただけなのだと。
三ヶ月後、私は彼を自分の「番いの儀式」に招待した。彼はこれが壮大な和解の場だと信じ込み、満面の笑みで現れた。最前列で見守る彼を背に、私はバージンロードを歩き、彼に背を向け、強力なライバルであるアルファの手に自らの手を重ねた――私の真の、再誕の番の手に。これは赦しではない。復讐だ。
第1章
月詩:SIDE
シーツが私たちの足に絡みつき、互いの体の熱でまだ温かい。蓮の香り――慣れ親しんだ松と雨上がりの土の香りが、第二の皮膚のように私の肌にまとわりつく。五年間、ずっと吸い込んできた香り。かつては、これが私の未来そのものだと信じていた香り。
彼がシャワーを浴びている間、ドアの下から湯気が漏れ出してくる。私は目を閉じ、思念通話で意識を飛ばした。思念通話は、群れの仲間全員を繋ぐ、静かで目に見えない糸。言葉を交わさずとも心と心で話すための手段。アルファとその家族の間の繋がりは、最も強い。
「お父様、終わりました」
私は父、アルファである高坂宗一郎に直接、思考を送った。
「黒曜の群れとの同盟に同意します。ですが、私の条件は変わりません」
心配の波、そしてそれに続く厳格な承認の念が返ってきた。
「本当にいいのか、我が愛しき狼よ。彼らのアルFAと結婚するのは、大きな犠牲だぞ」
「これしか方法はありません」
私は心の中でも毅然と答えた。本当の理由は言わなかった。私の心が凍てついた石になってしまったことなど、言えるはずもなかった。
バスルームのドアが開き、蓮が腰にタオル一枚を巻いただけの姿で出てきた。鍛え上げられた胸板に水滴が光る。彼は美しかった。その姿は私の体に幻の痛みを走らせる。今はもう死んでしまった愛の記憶。
彼はベッドに近づき、私に覆いかぶさってきた。首筋に鼻を埋め、彼の馴染み深い香りが肌に染み込んでくる。かつては慈しんだ所有の印。今では、それは烙印のように感じられた。
「俺の匂いがするな」
低い唸り声のような声で、彼が囁いた。
「こうでなくちゃ」
五年間、私は彼を愛してきた。アルファの娘という影響力を使い、彼をただの戦士から群れのガンマ、ナンバー3の地位まで引き上げた。彼は私の運命の番。月の女神自身が私のために選んでくれた、魂の片割れ。私たちの愛は運命だと信じていた。
私は、愚か者だった。
三日前、その幻想は砕け散った。偵察中に待ち伏せされ、「はぐれ」――群れを持たず、野蛮な生き方をする狼たち――に捕まった。彼らは私を汚らしいキャンプに引きずり込み、リーダーが私の喉に銀のナイフを突きつけ、私の番である蓮に思念通話を開いた。
「蓮!」
私は心の中で絶叫した。私の恐怖は、生々しく血を流す傷そのものだった。
「はぐれが…私を捕まえて…お願い…」
沈黙。
はぐれのリーダーが笑った。彼の思念の声が、油のようにぬるりと私の心にまとわりつく。
「返事がないな、お姫様。お取り込み中かな?」
一晩中、私は彼を呼び続けた。一晩中、そこにあったのは沈黙だけだった。私は自力で、必死に血まみれで脱出し、最後は崖から突き落とされた。私自身の群れの戦士たちが、谷底で壊れ、血を流している私を発見した。
治療室で目覚めた時、父がそばにいた。彼の顔は険しかった。彼はすべてを話してくれた。蓮は任務に出ていたわけではなかった。眠っていたわけでもない。彼は、一晩中、私の異母妹である愛蘭と共に過ごしていた。彼女のベッドで、私の助けを求める声を無視していたのだ。
その瞬間、五年間の愛は凝固し、灰になった。その代わりに咲いたのは、冷たく、刃のように鋭い復讐心だけだった。
今、私たちのベッドで横たわりながら、蓮の唇が私の唇を求めてくる。そのキスは飢えていたが、私は何も感じなかった。彼の舌が私の唇をなぞった、まさにその時。微かな思念が私の心に触れた。それは愛蘭だった。彼女の声は、群れの一般思念通話で、蓮に向けて発せられた、病的なほど甘い毒だった。
「蓮、来てくれる?コテージの外にはぐれがいるみたい。怖いの」
蓮は即座に私から身を引いた。
「行かなきゃ」
彼はすでにベッドから足を下ろしながら言った。
「群れの仕事だ」
彼はジーンズとシャツを身につける間、私を一瞥すらしなかった。彼はもう行ってしまった。彼の心は、すでに彼女のもとにあった。
彼の手がドアノブに触れた時、私は二人の間の空間に、彼には聞こえないほど静かに言葉を囁いた。
「もう、貴方は必要ない」
彼は私に背を向けたまま、立ち止まった。
「何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
私の声はガラスのように滑らかだった。
「行って。群れはガンマを必要としているわ」
ドアがカチリと閉まった瞬間、私はスマートフォンに手を伸ばした。
「彼が彼女の元へ向かった。追跡して」
最も信頼する戦士の一人にメッセージを送った。
「動画が欲しい」
返信は即座だった。
「承知いたしました、未来のルナ」
十分も経たないうちに、スマートフォンが震えた。動画ファイル。私は落ち着いた手つきでそれを開いた。
画面に映し出された光景が、私の心の最後の欠片を粉々に砕いた。蓮が、私の蓮が、森の端で愛蘭を木に押し付けていた。彼の唇は彼女の唇の上にあった。だが、私を本当に破壊したのは、戦士の強化された聴覚が捉えた、彼の言葉だった。
「月の女神に誓う」
彼は彼女の肌に囁いていた。かつて私に立てたのと同じ神聖な誓い。真の番にのみ捧げられるはずの約束。
「君だ。ずっと君だけだった」
視界がぼやけた。私はスマートフォンを落とし、ゆっくりと、 methodicalに、部屋にある彼の所有物をすべて集め始めた。彼の服、彼の本、私たちの最初の記念日に彼が彫ってくれた、あの馬鹿げた木彫りの狼。私は彼の低い生まれを擁護し、私たちの運命の絆こそがすべてだと主張して、群れの長老たちと戦ったことを思い出した。
愛は消えた。今、残っているのは復v讐の炎だけ。そして私は、その炎で全てを焼き尽くすつもりだ。
話 2
月詩:SIDE
三日が過ぎた。蓮は戻ってこなかった。思念通話で一度もメッセージを送ってくることもなかった。まるで、私たちが共有した五年という歳月が、彼が目を覚ました夢に過ぎなかったかのように。
私は、私たちが家と呼んでいた小さな木造のキャビンの前に立っていた。その隅々までが、今や嘘となった愛の記念碑だった。私の忠実な戦士たちが、無表情で後ろに控えている。
「燃やして」
私は平坦な声で言った。
隊長がためらった。
「未来のルナ、よろしいのですか?」
「そこにある全ての記憶を灰に変えたいの」
私の声には、議論の余地はなかった。
「私が事を終えた時、この場所も、そこに住んでいた男も、まるで存在しなかったことになる」
彼らは頭を下げ、作業に取り掛かった。私は炎が上がるのを見届けることなく、その場を去った。
私はアルファの本邸、要塞のようにも感じられる壮大な石造りの邸宅に戻った。父、アルファ・高坂は、隣接する群れとの条約の最終条件を詰めるため、まだ遠征中だった。彼の顔が執務室の大きなスクリーンに映し出される。何百キロも離れた私たちを繋ぐビデオ通話だ。
「月詩、様子が違うな」
父の金色のアルファの目が、心配そうに私を見つめている。
「冷たくなった、と」
「大人になったのです、お父様」
私は答えた。
「結婚同盟に関する私の条件ですが…」
「ああ」
「月光の指輪が欲しいのです」
父の眉が跳ね上がった。月光の指輪はただの宝飾品ではない。それは私たちの群れのルナたちに代々受け継がれてきた指輪であり、力と継承の究極の象徴だった。アルファの娘が番いの儀式の前にそれを求めるのは、大胆不敵、ほとんど傲慢とも言える野心の表明だった。
ゆっくりとした笑みが彼の顔に広がった。
「いいだろう」
純粋な誇りの響き。
「それでこそ私の娘だ。それはお前のものだ。銀月の群れは、お前と、お前が選んだアルファによって導かれることになる」
「ありがとうございます、お父様」
「彼は今夜、そこにいるだろう」
父は続けた。
「月読神社で毎年恒例の舞踏会がある。全ての群れにとっての中立地帯だ。お前の婚約者、黒曜の群れのアルファ・ヴィクトル・冴島も出席する。良い印象を与えろ」
通話は終わった。私は何時間もかけて準備をした。かつて好んで着ていた無垢な白いドレスとは対照的な、私の曲線美を際立たせる深紅のガウンを選んだ。
月読神社に到着すると、大広間はすでに十数個の異なる群れから来た人狼たちの入り混じった香りでざわめいていた。しかし、何かがおかしかった。注目の中心は、訪れたアルファでも群れの長老でもなかった。私の異母妹、愛蘭だった。
彼女は淡い青のドレスを着て、どこからどう見ても無垢な乙女を装っていた。そして、オープニングダンスのために音楽が高まると、蓮が現れた。彼は愛蘭のもとへ大股で歩み寄り、彼女の目だけを見つめ、その手を取った。
彼らがフロアの中央に移動すると、会場全体からどよめきが起こった。彼らは踊り、その体は完璧にシンクロし、彼らの香り――彼の松と彼女の甘ったるいバニラ――が絡み合い、紛れもない主張を放っていた。それは、親密な関係にあった二匹の狼の香りだった。公然の宣言だった。
私の周りで囁き声が eruptedした。
「あれはアルファのもう一人の娘か?」
「彼が彼女を寵愛していると聞いたわ。銀月の次のルナは彼女に違いない」
「見て。二人の匂い、もう番になったみたい」
熱く、苦い屈辱が私を襲った。私は蓮に、これらのイベントに一緒に参加してほしいと何度も懇願したことを思い出した。彼はいつも断った。人混みが苦手だとか、彼の低い生まれを快く思わない長老たちを刺激したくないとか。公の場で私の隣に立つ資格がない、と彼は言った。
しかし、彼はここにいる。彼女と共にオープニングワルツを踊り、彼がいつも嫌いだと言っていたスポットライトを浴びている。彼は資格がなかったわけではない。ただ、私と一緒にそこにいたくなかっただけなのだ。
話 3
月詩:SIDE
ダンスが終わり、蓮は愛蘭を腕に絡ませたまま、まっすぐ私の方へ歩いてきた。彼の顔は冷たい傲慢さの仮面で覆われていた。
「月詩」
彼の口調は見下すようだった。
「愛蘭に挨拶くらいしたらどうだ。彼女はこの群れの未来の姫君なんだからな」
冷たく、鋭い笑いが私の唇から漏れた。その音は近くのおしゃべりを切り裂き、いくつかの頭がこちらを向いた。
「姫君?」
私は皮肉たっぷりに繰り返した。
「私が知る限り、彼女は父上がまだ正式に認めていない妾の子に過ぎないわ。群れの長老たちはもちろん、認めていない」
私たちの周りの空気が静まり返った。愛蘭の顔は青ざめ、蓮の顎がこわばった。
「口を慎め、月詩」
彼は唸るように言った。彼の目は怒りで光っていた。
「嫉妬しているだけだろう」
「嫉妬?」
私は一歩近づき、声を張り上げた。
「貴方はこういう祝賀会が嫌いだと言ったわよね。私と一緒に見られる資格がない、長老たちに噂されたくないと言った。五年もの間、私の隣に立つことを拒否したじゃない」
私はダンスフロアを指差した。
「なのに今は? 今は『彼女』とオープニングワaltzを踊っているの? 貴方は私との約束を破ったのよ、蓮」
「見世物にするな」
彼は低く、脅すような声で警告した。
「俺は愛蘭の…助けが必要なんだ。俺の地位を固めるために」
その言い訳はあまりにも哀れで、侮辱的で、私の中の何かがぷつりと切れた。
「彼女の助け?」
私は吐き捨てるように言った。その言葉は毒の味がした。
「彼女に何ができるっていうの? 彼女はヴェクシアの娘よ。彼女が這い出てきた泥と同じくらい汚れた血筋の、汚らわしいはぐれの!」
蓮の顔に怒りが爆発した。私が反応する間もなく、彼の手が空を切った。
パァン!
突然の静寂に包まれたホールに、その音が響き渡った。その一撃の力で私はよろめき、一歩後ずさった。頬が燃えるように痛む。しかし、肉体的な痛みは、私の魂を引き裂く苦痛に比べれば何でもなかった。番が番を殴ることは、女神が与えた神聖な絆に対する究極の裏切り、冒涜行為だ。私たちの間の繋がりは砕け散り、吐き気と心痛の波が私の全身を駆け巡った。
私は彼を見つめた。視界がこらえきれない涙で滲む。私の番。私が愛した男。彼が、私を殴った。彼女のために。
私の心はただ壊れたのではない。塵になった。
私は彼の怒りに満ちた目を見つめ、震えながらも折れない声で、人狼が口にできる最も強力で、破滅的な言葉を口にした。すべてを変える言葉を。
「私、高坂月詩は、貴方、佐藤蓮を、我が番として拒jectionする」