1

手術台の上で意識が朦朧とする中, 私は過労で倒れ, 緊急手術を受けたばかりだった.

その私のスマホに, 夫が部下の女と海外で「最高の時間」を過ごしている写真が映し出された.

私の手術日に, 彼は私を一人残して旅行に出かけていたのだ.

問い詰めると, 彼は冷たく言い放った.

「自分の体調管理もできないくせに. 子供も産めないお前に, 僕に何を求めるんだ? 」

その言葉は, 手術の傷よりも深く私の心を抉った.

さらに彼は, 私たちが失った子の名前を, その女の私生児に与えていた.

病院で私を殴りつけ, 彼の両親も私の母さえも, 彼を許せと私を責め立てた.

私の才能も, 人脈も, 命さえも, すべてを捧げた結果がこれだった.

裏切りと絶望の中で, 私の心は完全に凍りついた.

もう, 失うものは何もない. 私は静かにスマホを手に取り, 昔の番号を呼び出した.

「久我さん, 私と組んで新しい会社を立ち上げない? 条件は一つ――上岡賢人を業界から完全に叩き潰すこと」

第1章

平島真理江 POV:

手術台の上で意識が朦朧とする中, 夫が別の女と海外で「最高の時間」を過ごしている写真が, 私のスマホ画面に焼き付いた. 指先一つ動かす力もなく, ただその光景を呆然と見つめるしかなかった.

「君との時間は最高だ」

そのSNSの投稿には, 見慣れた夫の顔が, とろけるような笑顔で写っていた. 隣には, 私の会社の部下である二階堂莉子が. 二人の間には, 私に向けられたことのない, 親密な空気が流れていた.

私の腹部には, まだ手術の痕が痛々しく残っている. 過労で倒れ, 緊急手術を受けたばかりの私の体は, 鉛のように重かった. 夫は, 私の手術の日, 私を一人残して, 部下と海外旅行に出かけていたのだ.

その事実が, 私の心臓を鈍器で殴りつける. 痛みは, 傷口のそれよりも遥かに深く, 魂をねじ切るようだった. 彼からの連絡は, ただの一度もなかった.

私は震える指で, 夫にメッセージを送った. 「今, どこにいるの? 」

数分後, 返信が来た. たった一言, 「出張中」.

「出張中」? 私は彼のSNSの投稿を見せた. 「これ, どういうこと? 」

彼はすぐに既読を付けたが, 返信はなかった. 数分, いや, 数十分, いや, 永遠とも思える時間が流れた.

ようやく返信が来た. 「なぜこんな時に連絡してくるんだ? 今, 大事な商談中なんだ. 君は大人だろう? 」

商談中? 隣にいるのは, パジャマ姿の二階堂莉子だった. 背景には, 南国の真っ青な海が広がり, グラスにはカクテルが揺れていた. これが彼の「商談」だった.

私の手からスマートフォンが滑り落ちた. がちゃり, と音を立てて床に落ちたが, 拾い上げる気力もなかった. 視界がぼやけ, 熱いものが頬を伝った. それは涙だった.

私は, この男のために, 全てを捧げてきた. 私のデザインの才能も, 実家の人脈も, 会社の急成長のために惜しみなく注ぎ込んだ. 夜も昼も働き, 食事も睡眠も削り, 文字通り命を削ってきた. その結果が, これだった.

裏切り. 絶望. 心臓が凍りつくような冷たさが, 全身を駆け巡った.

数時間後, 私の中で何かが弾けた. もう, 終わりだ. この関係は, ここで終わらせなければならない.

私は, 震える手で, 昔の電話番号を呼び出した. その番号は, 私の記憶の奥底にずっとしまわれていたものだった.

コール音が鳴る度に, 私の心臓は激しく脈打った. 出てくれるだろうか. 彼は, まだ, 私を覚えているだろうか.

「もしもし? 」

懐かしい, しかし少し大人びた声が聞こえた. 久我翔陽の声だった.

私は深呼吸をした. そして, 震えを押し殺して, 言った. 「久我さん, 私, 平島真理江です」

彼は一瞬沈黙した. まるで, 私の声が幻聴であるかのように.

「真理江…? 君, どうしたんだ? 何かあったのか? 」彼の声には, 動揺と, 微かな心配が混じっていた.

私は, ゆっくりと, しかしはっきりと, 自分の決意を告げた. 「私と組んで, 新しい会社を立ち上げない? 私が持つデザインと技術の権利, 全てをあなたに渡す. 条件は一つ――上岡賢人を業界から完全に叩き潰すこと」

電話口の向こうで, 息を飲む音が聞こえた気がした. 久我さんは, 再び沈黙した. その沈黙は, 長かったが, 私には落ち着いた思考の時間に思えた.

やがて, 彼は低い声で言った. 「君のその言葉, 本気なのか? 」

「本気よ. これ以上, 嘘と裏切りにまみれた人生は嫌なの」私はそう答えた. 声は震えていたが, 決意は固かった.

「分かった」久我さんは一言だけそう答えた. 「君がそこまで言うなら, 僕も本気で受けて立つ. ただし, 一度足を踏み入れたら, もう後戻りはできないぞ. 文字通り, 上岡を業界から葬り去ることになる」

私は迷わず答えた. 「構わない. 私には, もう失うものなんて何もないから」

「…そうか」久我さんの声は, どこか寂しそうだった. 「なら, 僕に全部任せてくれ. 君は, もう二度と傷つかせない」

私は, 大学時代, 彼と賢人の間で揺れ動いた. 久我さんは, 私の才能を誰よりも評価し, 私の人格を尊重してくれた. しかし, 賢人のカリスマ性に惹かれ, 私は彼を選んだ. その選択が, これほどまでに私を苦しめることになるとは, あの頃の私には想像もできなかった.

「一つだけ, 条件を付けさせてくれ」久我さんが再び口を開いた. 「君が上岡と決着をつけたら, 僕と結婚してほしい」

私は驚き, 言葉を失った. しかし, 彼の言葉は, 私の凍りついた心に, 微かな温かさを灯したような気がした.

「分かった」私はそう答えた. 「賢人との関係を清算したら, あなたと結婚する」

電話を切った後, 私はベッドの中で丸くなった. 体中の力が抜け落ちたようだった. しかし, 心の中には, 冷たい炎が燃え上がっていた. それは, 復讐の炎だった.

翌日から, 久我さんは, 私が何も言わないのに, 必要な手配を進めてくれた. 家事代行サービスの手配, 一流の弁護士の紹介, そして, 私の退院後の住居の確保. 彼は, 私の身体を気遣い, 一切の負担をかけないよう, 完璧に事を進めてくれた.

賢人からの連絡は, 相変わらずなかった. SNSの投稿だけが, 彼の順調な生活を私に伝えていた. 莉子と楽しそうに笑う彼の顔を見るたびに, 私の心臓は締め付けられた.

私は, 手術後の回復期間中, 何度も悪夢にうなされた. 夢の中では, 私の赤ちゃんが, 無言で私から離れていく. 私の生理的な問題で, 私たちは子を授かることができなかった. その事実を, 賢人はいつも「君のせいではない」と慰めてくれた. しかし, その顔は, いつもどこか寂しそうだった.

ある日, 病院の廊下で, 看護師たちの話し声が耳に入った. 「上岡さんのところ, 本当に可愛い赤ちゃんね. 奥さんも綺麗で, 絵に描いたような家族だわ」

私の病室は, 賢人が莉子と過ごしている新生児室と同じフロアにあった. 壁一枚隔てた向こう側で, 彼は「絵に描いたような家族」を築いているのだ.

私は, ゆっくりと, そして深呼吸をするように, 涙を拭った. 誰にも, 私のこの醜い感情を見られてはならない.

その日の夜, 賢人から電話が来た. 珍しいことだった. だが, 彼の声は, 予想通り冷たかった. 「いつまで病院にいるつもりだ? 仕事はどうするんだ? 」

私は, 冷静に, そして淡々と答えた. 「賢人. 私たち, 離婚しましょう」

電話口の向こうで, 一瞬の沈黙があった. そして, 彼の嘲笑が聞こえた. 「またそんなことを言っているのか. 君はいつもそうやって僕の気を引こうとする」

「いいえ. 今回は本気よ. 離婚協議書は, すでに弁護士に作成させているわ」

「は? 」彼の声が, わずかに苛立ちを含んだ. 「君は一体何を勘違いしているんだ? 少しばかり体調を崩したからといって, 調子に乗るなよ. 僕の会社がどれだけ君に尽くしてきたか, 忘れたのか? 」

「尽くした? 私があなたに尽くしたのよ」私の声が震えた. 「私の才能も, 人脈も, 全てあなたの会社のために使った. なのに, あなたは…」

「僕の何が不満なんだ? 」賢人の声は, さらに冷たくなった. 「君は僕の妻だ. 僕の成功は君の成功だ. 僕が少し羽目を外したくらいで, 何を大袈裟なことを言っているんだ」

「羽目を外した? 」私の目からは, 再び涙が溢れ落ちた. 「私の手術の日に, 別の女と海外旅行に行って『最高の時間』を過ごすのが, あなたの言う『羽目を外した』ことなの? 」

「それは…」彼は言葉を詰まらせた. 「あれは, ちょっとした手違いだ. それに, 君には関係ないだろう. 君は, 自分の体調管理もできないじゃないか. 子供も産めないくせに, 僕に何を求めるんだ? 」

彼の言葉が, 私の心臓を深く抉った. 私の目から, 止めどなく涙が溢れ出した.

2

平島真理江 POV:

私は, 自嘲するように笑った. その笑いは, 涙で歪んだ顔に張り付いていた.

「子供が産めないから, 私はあなたにとって価値がない, と? 」私の声は, ひどく掠れていた. 「だから, あなたは別の女に, 子供を産ませたのね」

「何を言っているんだ」賢人の声は, 苛立っていた. 「君は僕の妻だ. 僕が誰と付き合おうと, 君には関係ないだろう. それに, 君は僕の会社にぶら下がっているんだ. 僕がいなければ, 君なんて何もできない」

「そうね. 何もできないわ」私はそう答えた. もう, 彼の言葉は, 私の心をこれ以上傷つけることはできなかった. 痛みは, すでに麻痺していた. 「だから, 離婚するのよ」

「離婚? 君が僕と離婚して, 一体どうやって生きていくんだ? 」賢人の声には, 嘲笑が混じっていた. 「君は, 社会で通用すると思っているのか? 僕の庇護がなければ, 君なんてただの役立たずだ」

「それでもいいわ」私はそう答えた. 「あなたにぶら下がって, あなたの嘘と裏切りにまみれた人生を送るくらいなら, 役立たずで構わない」

「ふん」賢人は鼻で笑った. 「僕が本気になれば, 君なんてあっという間に路頭に迷う. それでもいいのか? 」

「ええ」私の声は, 驚くほど冷静だった. 「それでもいいわ」

賢人は, しばらく沈黙した. そして, 何も言わずに電話を切った. ブツリ, と切れる回線音が, 私の耳に痛かった.

私は, ゆっくりとスマートフォンを床に置いた. 看護師さんが, 心配そうな顔で私を見ていた. 「大丈夫ですか, 平島さん? 」

私は首を横に振った. 大丈夫なわけがなかった. しかし, 同時に, これほどの安堵を感じたこともなかった.

「もうすぐ, 元夫になる人よ」私はそう答えた.

看護師さんは, 驚いた顔をした. 「そんな…ひどい人ですね」

私は何も言わなかった. ひどいとか, ひどくないとか, そんな感情は, もう私の中には残っていなかった. ただ, 空虚な空間だけが広がっていた.

私は, 久我さんに連絡を取った. 賢人との会話の内容を伝えると, 彼は「分かった. 弁護士からすぐに離婚協議書を送らせる」とだけ言った.

数日後, 賢人の元に離婚協議書が届いた. 彼は, 怒り狂って電話をかけてきた. 「何を企んでいるんだ! この条件はなんだ! 」

「あなたがサインすれば, 全てが終わるわ」私はそう答えた.

賢人は, その後も何度か電話をかけてきたが, 私は冷静に対応した. 彼は離婚に応じようとしなかった. 莉子の出産が迫っていたからだ. 彼は「赤ちゃんが生まれるまでは待ってくれ」と懇願したが, 私は一切応じなかった.

賢人の両親が, 病院にやってきたのは, それから数日後のことだった. 彼らは, 私の病室に入るなり, 私を非難した.

「真理江さん, 賢人がどんなに忙しいか, 分かっているでしょう? なぜこんな時に, 彼を困らせるような真似をするの? 」賢人の母親が, ヒステリックに叫んだ.

「そうよ. 賢人には, 今, 君以上に大切なことがあるんだ」賢人の父親も, 私を睨みつけた. 「もうすぐ, 我が家の跡継ぎが生まれるんだ. 君には, その務めを果たせなかったのだから, せめて賢人の邪魔だけはしないでくれ」

「跡継ぎ? 」私は, 二人の言葉に耳を疑った. 「莉子さんが産むのは, 賢人の子供ではないでしょう? 彼は, 人工授精で精子提供しただけだと…」

「何を言っているの! 」母親が, 私の言葉を遮った. 「賢人は, 男として, ちゃんと責任を取ったのよ! それが, 君には分からないのか! 」

私は, 二人の言葉に, 背筋が凍った. 賢人は, 私に「莉子さんが, どうしても子供を産みたいと言って, 僕が精子を提供したんだ. 人工授精だから, 肉体関係はない」と説明していた. しかし, 彼の両親の言葉は, その説明とあまりにも食い違っていた.

「あなたたちは, 知っていたのですね…」私の声は, 震えていた.

賢人の母親の顔が, わずかにこわばった. しかし, すぐに笑顔を取り戻し, 言った. 「真理江さん, 私たちは, 君の気持ちも理解しているわ. だから, 慰謝料は弾むわよ. 君が困らないように, 一生面倒を見るわ」

私は, その言葉に, 吐き気を催した. 彼らにとって, 私はただの金で解決できる問題でしかなかったのだ.

数日後, 私の両親が, 賢人の両親に呼び出されて病院にやってきた. 私の母親は, 私の顔を見るなり, 泣き崩れた.

「真理江, 頼むから, もう賢人を許してあげてちょうだい. 彼も反省しているわ. あなただって, もう若くないんだから, 離婚なんてしたら, この先どうするの? 」

私の母親の言葉は, 私の心を深く切り裂いた. 彼女は, 賢人の両親から聞いた賢人の「反省」の言葉を, 私に伝えた. 「賢人さんも, 真理江さんのことを深く愛していると言っていたわ. ただ, 一時的に心が揺らいだだけだと. どうか, もう一度チャンスをあげてほしいって」

「チャンス? 」私は, 喉の奥から絞り出すように言った. 「私は, もう何度も彼にチャンスを与えたわ. でも, 彼はその度に私を裏切った」

私の体の周りに, 見えない鎖が巻き付いているような苦しい感覚がした. 息が詰まる. 誰もが, 私を責め, 私に耐えることを強要した. 誰も, 私の痛みには目を向けなかった.

賢人は, 家族や会社の将来のために, 私に人工授精だと嘘をつき, 莉子との関係を清算することなく, 彼女に子供を産ませた. そして, 私を「子供を産めない女」と罵り, 自分を「責任感のある男」として正当化する.

私は, 賢人が私と出会った頃の家族との食事会を思い出した. 彼は, 皆の前で私を「理想の女性」と褒め称え, 愛情表現を惜しまなかった. しかし, その夜, 彼の携帯に莉子からの「赤ちゃんができた」というメッセージが届いた途端, 彼は顔色を変え, 私を置き去りにして莉子の病院へ駆けつけた.

その日の食事会は, 台無しになった. 私の両親も, 来客も, 皆が困惑していた. 私は, あの時の賢人の冷たい背中を, 決して忘れることはできなかった.

3

平島真理江 POV:

腹部の痛みが, 私を激しく襲った. 手術の傷口が, まるで生きているかのように脈打つ. 私は, ナースコールを押す気力もなく, ただベッドの上で蹲っていた.

その痛みの中で, 私は賢人の姿を思い出した. あれは, 莉子が私生児を産んだ直後のことだった. 私の病室と同じフロアの新生児室の前で, 賢人は莉子の隣に寄り添い, 小さな命を愛おしそうに抱き上げていた. 彼の顔には, 私が生涯, 彼から向けられたことのない, 慈愛に満ちた優しい眼差しがあった.

その時, 私は, 恐ろしい真実に気づいた. 賢人は, 私と彼の間に生まれるはずだった子供の名前を, その私生児に与えていたのだ. 私が, 何日も何日もかけて考え, 彼に提案し, 彼も「いいね」と言ってくれた, あの名前を.

私の子供は, 声もなく消え去ったのに.

彼の子供だけが, そんなにも愛されて.

退院の日, 病院のエントランスには, 賢人の家族と, 莉子と, そしてあの私生児がいた. 彼らは, ささやかな出産祝いのパーティーを開いていた. 賢人は, 終始莉子と私生児の隣に立ち, 人前で「良い夫」「良い父親」を演じていた.

彼は, 時折私の方に目をやった. その瞳には, 警告の色が宿っていた. 私が, 彼らの幸福な光景を邪魔するような真似をすれば, ただでは済まさない, と.

私の胸が, またチクチクと痛みだした. しかし, もう涙は出なかった. 感情が, 完全に麻痺してしまったようだった.

私は, この場から一刻も早く立ち去りたかった. しかし, 私が踵を返そうとしたその時, 莉子が私の前に立ちはだかった.

彼女の顔は, 以前のような怯えはどこにもなく, 勝ち誇ったような笑みを浮かべていた.

「平島さん, お元気ですか? 」莉子の声は, 蜜のように甘かったが, その瞳は私を嘲笑っていた.

私は, 何も言わなかった. 彼女の顔を見つめることさえ, 私には苦痛だった.

「もしかして, 私とあの赤ちゃんを憎んでいるのかしら? 」莉子は, 私の顔を覗き込むように言った. その言葉には, 明らかに挑発の意図があった.

私は, 重い口を開いた. 「あなたを憎む資格も, 私にはないわ」

「あら, そうでしょうか? 」莉子は, フフッと笑った. 「でも, ご存知ないでしょうけれど, あの赤ちゃん, 賢人さんの精子提供だけじゃないんですよ」

私の心臓が, ドクリ, と大きく跳ねた. 彼女の言葉の意味が, 理解できなかった.

「賢人さんと, ちゃんと肉体関係を持ったんです. あの夜, 彼はお酒を飲んでいて…」莉子の言葉は, 私の耳に, 雷鳴のように響き渡った.

私の身体が, 一瞬にして硬直した. 彼女の言葉が, 私の頭の中で, 何度も何度も反芻される.

「人工授精なんて, 私たちが上岡家と平島さんを欺くための嘘よ」莉子の顔が, 憎悪に歪んだ. 「賢人さんは, 自分が女にだらしがないことを, あなたのせいにして, あなたを利用して, 自分を正当化したかっただけなのよ」

賢人が私に言った全ての言葉が, 嘘だった. 莉子の言葉が, 私の心臓を深く抉り, 全身を震わせた. あまりの屈辱に, 私は吐きそうになった.

「あなた…! 」私の口から, 絞り出すような声が出た.

その時, 莉子の手が, 突然私の頬を掴んだ. そして, 私自身の掌で, 彼女の頬を叩きつけた.

パチン!

乾いた音が, 病院の静寂な空間に響き渡った.

莉子は, その場に崩れ落ちた. そして, 大声で泣き叫んだ. 「きゃあああ! ひどい! なぜこんなことをするんですか! この子は, この子は何も悪くないのに! 」

その声に, 賢人が駆けつけてきた. 彼の顔は, 怒りで紅潮していた.

「真理江! 君は, 一体何を…! 」賢人の声は, 私を責め立てた.

彼は, 莉子を抱き起こし, 私のことを睨みつけた. その瞳には, 私への憎悪と, 深い失望が宿っていた.

私は, 彼の顔を見つめた. 私の頬は, 彼の掌で叩かれた痛みで, ジンジンと熱を持っていた. しかし, それ以上に, 心臓が冷たくなっていた.

「賢人…」私は, 何かを言おうとしたが, 彼の言葉がそれを遮った.

「もういい! 君の言い訳など聞きたくない! 」彼はそう叫んだ. 「君は, 僕たちの幸せを壊すことしか考えていないのか! 」

その瞬間, 彼の右手が, 私の頬を強く叩きつけた.

パチン!

耳鳴りがした. 視界が, 一瞬にして真っ白になった.

私は, その場に立ち尽くした. 痛みは, もはや感じなかった. 世界が, 突然静寂に包まれたようだった. 私の心臓は, もう何の感情も抱かなかった. 悲しみも, 憎しみも, 痛みも.

ただ, 冷たい決意だけが, 私の心に深く刻み込まれていた.

私は, 賢人の顔を見つめた. そして, 掠れた声で, しかしはっきりと, 言った. 「賢人. 私たち, 離婚しましょう. 今すぐ, ここで」

賢人は, 呆然とした顔で私を見ていた. そして, やがて嘲笑を浮かべた. 「またその言葉か. 君は, 本当に僕の気を引くのが好きだな」

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凍りついた心、手術台の裏切り

第1話
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