1

 超大国の侵略戦争は、小国ウェルギス王国にも拡大していた。

「アラステア様!ソルモール軍が最終防衛ラインを突破しました!」

 慌ただしく報告したのは、ウェルギスの王室騎士団団長ヴァルナス・ニールだった。

「そうですか。もう来たのですか…」

 報告受けたアラステアもまた、焦っていた。何故なら相手はエリュフィシア最大の超大国、ソルモール帝国。圧倒的な軍事力を背景に、エリュフィシア全土を支配せんとしていた。

 アラステアの心には、恐怖心と憤りが混在していた。

「もしや出陣なされるおつもりか…!?」

 ヴァルナスは別の意味で焦った顔をした。アラステアはいずれこの国を治める存在。戦死させるわけにはいかない。

「あなたの、この国を思う気持ちは分かります。しかし、あなたは…」

「ヴァルナス!私の身を案じてくれるのは、ありがたく思います。ですが」

 アラステアは、ひざまずくヴァルナスに歩み寄り、彼の肩に手を置いた。

「ですがこの国が滅んでは、意味がありません!私のサーレーンを出して下さい!」

「…ならば、死は許されませぬぞ」

 アラステアの後ろ姿は、窓から降り注ぐ光の中へと消えていった。

 アラステアは、王室用の地下格納庫へと向かった。城の中は慌ただしい。それでも家臣や兵士たちは、アラステアに敬礼した。もちろんアラステアも気付いていたが、それにかまっている場合では無かった。

 地下格納庫へ向かう螺旋階段を降っていた時、アラステアは大きな揺れにバランスを崩した。

「まさか……!」

 ついに敵軍が、城の間近まで侵攻したのだと、直感した。

「急がないと……!」

 再び階段を降った。やがて最後の段を踏み終えたとき、格納庫の扉が見えた。アラステアはそれを蹴り飛ばし、格納庫の中に入った。

 そこには巨人型の兵器、アルコーンがずらっと遠くまで並んでいた。本来これらは予備の戦力であるが、これを見たアラステアは最前線に投入することを決めた。

「マノアス!お願いがあります。至急、搭乗騎士を集めてください!」

 格納庫の管理責任者であるマノアスは、その言葉に、顔をゆがめた。予備戦力を使うということは、訓練生や民兵も、いよいよ駆り出されることを意味する。

「いやしかし、これらは予備の…」

「それにまだ、陛下よりのご命令が…」

「知っています!ですが、四の五の言っている時ではありません!とにかく急いで!」

 アラステアはその命令を下すと、自身も専用のアルコーンへと急いだ。

 アラステアは、自分専用の金とピンクのサーレーンへと到達した。アルコーンに乗る際、本来ならば鎧を着なければならない。だが時間的な猶予はない。アラステアはサーレーンの横にある階段をのぼり、乗りこむための足場に立つ。すると人間で言う肩甲骨の部分にある、扉が開いた。アラステアはそこからコックピットに入った。アラステアはまず、操縦席中央の透明の水晶に手をかざした。透明だった水晶は薄紫色に変わった。そして連鎖するように、コックピット内にあるすべての水晶が光り出した。

 その輝きを見たアラステアは、両脇にある操縦用の水晶を手で掴む。その瞬間、サーレーンは地上へと転送された。

2

 門前の戦場は、まさに戦いの場になっていた。無数のアルコーンが両軍入り乱れ、大砲が大地をえぐっていた。ソルモールで数が多い、ヘレスとウォーブの群れが、絶え間なく襲い掛かってくる。まるでとめどない蟻の大群だ。

「ゲルガー!援軍はまだか!」

 その戦場で奮戦する部隊の一つ、第67大隊の隊長シフォード・ラウンは腹心のゲルガー・カインに催促した。

『ラウン隊長…!落ち着いて聞いてください。ア、アラステア様がご出陣なられたようです。おそらく、もうじきそちらに来られるかと!』

 シフォードは、その報告を聞いた時、一瞬、全ての動きが止まってしまった。それは彼の乗るイルザーノも同様で、無論それは戦場において禁忌である。

 気付いた時には遅かった。コクピット中央の大水晶には、敵の剣が迫っているのが映っている。もう間に合わないと思ったラウンは、アルコーンを捨てる覚悟をした。そして右側面にある脱出用の小水晶に、手を近づけていた。

 だが、その時は訪れなかった。敵の剣は横にそれ、そして敵アルコーンの本体は腰から横に真っ二つにされ、地面に崩れ落ちた。

『黄色と黒のイルザーノ…あなたはシフォードですね?』

「そ、そのお声、アラステア様!こちらに来られたのですか!?」

『ええ。ですが、シフォード。戦場で油断は禁物です』

「は、はっ!!申し訳ございません!」

 アラステアは、数人の部下たちと共に彼の前に現れた。最初は気付くものが少なかったが、それは瞬く間に、その場のウェルギス兵たちに知れ渡った。味方の兵士たちは歓喜し、敵の兵士たちは動揺している。その為、数で大幅に劣っているはずのウェルギス軍が、ソルモール軍を押し始めている。

「ウェリオンの子らよ!祖国の誇りをその胸に!」

 高く掲げられたその剣に合わせて、高鳴る多くの声が戦場を支配した。

 アラステアは周囲の味方に一時後退を命じた。自身はサーレーンを操作し、脚部内蔵のバネで空中で高く跳ばし、そして剣先を下向きにそのまま落下した。その衝撃は凄まじく、敵は吹き飛んだ。しかし当然ながら、搭乗しているアラステア自身の体にも、それ相応の衝撃はあった。だが、休んでいる場合ではない。後退させた味方に今度は、前進の命令を下す。

 友軍を束ねるサーレーンは、まず真っ先に敵陣に斬り込んだ。まずは1体。その勢いのまま、敵軍アルコーンのヘレスを盾ごと切り裂いた。そして2体、3体目。周りでも、激しい斬り合いが始まる。

 そんな戦況でも、アラステアは的確にサーレーンーを操る。後ろから斬りかかって来たヘレスを、素早く反応しまとめて切り捨てた。すかさず4、5、6体目。まず、真ん中のヘレスの胴に華麗にけりを入れ、吹き飛ばした。そして、横にいたヘレスを袈裟斬りで始末した。最後の6体目のヘレスの剣を盾で受け、そまま剣を弾き飛ばした。そして剣を胴体に突き刺し、とどめを刺した。

『見事な剣さばきだ、アラステア殿。千人斬りの伝説も、あながち嘘ではないとみた』

「群青のミスラール… マーサス・ヴィロン!あなたの勇名は、エリュフィシア中に轟いています。王都を随分と、蹂躙してくれたと…!」

『お褒めにあずかり光栄です。あなたもサーレーンも、かの王都の如く麗しい… ですが、あなたはここに相応しい人間ではない!』

 マーサスのミスラールは剣を構え、アラステアのサーレーンも剣も構えた。だが、それから両者は動かなかった。周りではなおも、激しい斬り合いが行われている。それだけに、この相対する2人は、異質な空気を醸し出している。

 そのあまりにも完璧な隙の無さに、マーサスはこれまで対峙したどの相手にも感じたことのない感覚を得た。全ての臓腑は肉体という大地を揺るがし、行き渡る血は流れるマグマとなり全身を駆け巡る。その感覚を。

 だが生命に永遠などない。

 並みの戦士ならば隙とは考えないであろう、その変化をマーサスは見逃さなかった。サーレーンの剣を持つ右手と、右腕がわずかに揺らいだのだ。

(もらった!)

 マーサスのミスラールは、微動だにしなかった先ほどまでとは打って変わり、ほんの一瞬でアラステアのサーレーンの懐に入りこむ。そして、マーサスは勝利を確信した。アラステアは明らかに反応出来ていない。その証拠に、この切っ先がすぐにでも、確実に胴体を捉えられる位置に来ているが、身動きが取れていない。

 マーサスは止めを刺すために、ほんの少し踏み込む。そう。この感触だ。幾度となく味わったこの感触。この感覚の数秒後には、敵は地に伏し、動かなくなっている。彼の目には、すでにその光景が見えている。見えていたのだ。

(…何だ!?)

 マーサスの錯覚は終わり、彼に通常の感覚が舞い戻る。剣は空を切った。彼にとっては信じがたいが、それは事実だった。

 焦ったマーサスは、もう一度斬りかかったが、隙だらけだ。そして、そんな敵を斬るのは容易い。横に真っ二つに斬られたミスラールが、サーレーンの前に地に伏していた。

3

 ヴァルナスは、最後の砦として待機していた王室騎士団を集めた。

「お待ちを!我々も出撃するのですか…?」

 副長であるイゼル・ヘリューズが疑問を呈す。当然の疑問である。たしかに敵は城に侵入する寸前だ。しかし王室騎士団は文字通り、王室を守る騎士団。城を離れるわけにはいかない。

「陛下の御意思だ。奮戦する友軍を助けよ、と」

「それに、アラステア殿下が出陣なされた。我らがふんぞり返るわけには、いくまい?」

「アラステア様が!?」

 騎士たちは大いに驚く。しかしすぐに冷静になり、早急に出撃準備を整えた。1秒でも早く、戦場に行かなければならないからだ。次期国王に『万が一』など、決して許されないのだから。

 一騎当千である彼らが行けば、戦況は一変する。だが一方で、城内部の防備が薄くなるのも、事実だ。彼ら以外にも城防衛部隊がいるが、敵軍の戦力からして、本格的に城の侵略が始まれば、彼らだけで対処するのは無謀すぎる。

「待て!ヘリューズ副長。君と君の麾下は残れ」

「しかし、殿下を!」

 ヘリューズは体をせり出したが、ヴァルナスはそれを制した。

「落ち着け、イゼル。国王直属近衛隊と共に防衛しろ」

 へリューズの顔が強張る。

「まさか、戻らないおつもりではないでしょうね…?」

 その問いにヴァルナスは答えることは無かった。そして自身の部隊の騎士たちに、少し寄る所があると告げ、部隊を先に前線へ向かわせた。

 ヴァルナスはある男の部屋へと歩を進める。城の北側にあるその部屋へと、急ぐ。その道中も、何度か戦闘のものと思われる揺れが彼を襲った。しかし彼はそれに怯まず、大理石で出来た巨大階段を昇っていく。

 その男は、窓から外を見つめている。視線の先には、死力尽くす同胞たち。そして同胞たちを叩き潰そうとする、無数の侵略者。

「何をしている、ヴァルナス」

 男の窓を見つめる顔は、険しい。ヴァルナスは男の背中が怒っているように感じた。

「…ジャーダイン。頼みがある」

 ジャーダインは、振り向いた視線の先のヴァルナスを睨みつける。ヴァルナスも退くわけにはいかず、睨み返す。ジャーダインの部下たちは、両人の成り行きを静観するしかなかった。

「ヴァルナス。貴公、まさか行く気ではないだろうな…?」

「そうだ。アラステア様の命だ。おそらくは、民兵と訓練生も、前線に駆り出させる。だから、我々と共に――─」

 ジャーダインは、剣を床に突き付けるように、打ち付けた。音は部屋に反響し、誰の言葉も許さなかった。そして部屋にいる者たちは、ジャーダインから殺気にも似た威圧感を、その身に打ち込まれた。

「我ら国防騎士団の使命は、王都と城を護ること。王都陥落の今、我らが動くわけにはいかん!!」

 ジャーダインは怒りに満ち溢れている。

「…アラステア様がご出陣なされた。あの方は、城に一歩も入れない覚悟だ。ジャーダイン、頼む。城と陛下はイゼルたちが――─」

「それでもならん!!こちらにも覚悟がある!!」

「…ホード、東側の部隊に命令だ。もうすぐ東側が突破される」

 ジャーダインは再び、窓の方を見る。ヴァルナスは、眉間の皺を寄せた。そして何も言わず、部屋を後にした。扉を閉めるときの音だけを残して。

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エリュフィシア・ヒストリオ

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