話 1
「今度こそお前とは婚約破棄するぞ!」
「……」
またか。と私は内心ため息をついた。
私の婚約者である彼は口癖のようになにかあれば「婚約破棄する」と口にします。
そして毎回、もうそれは息をするかのように婚約破棄の理由をツラツラと滑らかに語りまくりご満悦で帰っていくのです。もちろん私の返事は聞かないし親にも報告しない、必要書類も準備しませんわ。ただわめくだけですの。そして毎回数日様子を見てから「やっぱり止めた」と言ってくるのです。
しかもその理由がじつにくだらないのですわ。
やれ約束の時間に1分遅れただの、やれ相性占いの運勢が悪かったからだの、やれ私の髪型が気に入らないからだの――――あぁ、くだらなすぎて真面目に相手にするのも面倒くさいですわ。
だいたい私たちの婚約だって親同士が決めた政略結婚ですし、そんな|理由《くだらないこと》で簡単に破棄できるものでもありません。
今日はどんないちゃもんをつける気なのかと考えると辟易してつい死んだ魚のような目になってしまいましたが許してほしいです。だって顔を合わせて0.5秒で挨拶もなしにこれですのよ?いい加減にして欲しいですわ。
もちろん侍女が側に控えていますからふたりきりではないですし彼の横暴な発言の証人もいますが、まだお父様にはこの事は言っておりません。侍女たちにも口止めしています。だって数日で撤回するのがわかってるのに毎回手続きをやり直すの面倒くさいですもの。それにたぶん言い付けたとしても婚約破棄出来ませんわ。まぁ理由にもよると思いますけれど。
別にすぐお父様に言い付けてお仕置きくらいしてもらってもよかったのだけど、そんなくだらない理由でイチイチ言い付けるのも馬鹿馬鹿しいですし……彼はなんというか|素直《バカ》で思い込みが激しくておっちょこちょいで、まぁ馬鹿なんですけど。ほら、馬鹿な子ほど可愛いとか言いますでしょ?
なにせ3歳の時からの付き合いですし、昔はよく一緒に遊んだものです。小枝を投げてとってこいをさせると愛犬のルドルフよりも上手にとってきてたものですわ。懐かしい思い出です。
え?その婚約者は何者かって……この国の第三王子のオスカー殿下ですがなにか?ちなみに私はセレーネ・カタストロフと申します。公爵令嬢でひとりっ子でございますわ、あしからず。
やっぱり末っ子は甘やかされて育つせいかわがままでいけませんわね。昔あんなにちょうきょ……ゲフンゲフン。色々と教えて差し上げたのにすっからかんと忘れているようですわ。
なにせ第一王子はとても優秀で次代の国王に決定しておりますし、第二王子はその補佐役として今から才能を発揮してますから第三王子に出る幕はないのです。それも踏まえての私との婚約ですわ。オスカー殿下は私と結婚して入婿し、公爵家を継ぐことになっていますのよ?これで王家と公爵家の絆がより深まると現国王も喜んでらしたからこそお父様に言い付けずにいましたのに……。
いつものように何も言わずに黙っている私にオスカー殿下は得意気に今回の婚約破棄の理由を言いました。
「俺は運命の相手を見つけたんだ!ヒルダはスタイルもいいし楽しいことを教えてくれるんだぞ!」
プチーーーーン!
その途端、私の中で何かが切れたのです。多分、カンニンブクロとかいうやつですね。
そうですか、浮気ですか。ヒルダ様と言えば最近オスカー殿下と仲がよいと噂されてる男爵令嬢でしたわね。
スタイルの良いアバ○レにそんなに楽しいことを教えてもらったんですか。よかったですわね。
こんなにイラッとしたのは「今日は夜更かしして眠いからお出掛けはキャンセルだ!無理強いするなら婚約破棄だぞ!」と言われた時以来です。あれだって無理強いもなにもそちらがお出掛けしたいからって私の予定を無理矢理変更させたんじゃなかったでしたっけ?
「……わかりました」
「へ?」
私がなんとか声を絞り出すと、オスカー殿下はその言葉が理解出来ないのかきょとんとした顔をした。
「婚約破棄でよろしいです。と申しました」
「えっ、ちょっ、セレーネ?!」
私は優雅にお辞儀をし、その場をあとにした。もちろんそのままお父様の元へ行くためだ。書類を揃えるなんて悠長なこと言っていられない。
婚約破棄を言われ続けてなんと今回で101回目。しかもその理由はオスカー殿下の浮気。
今まで我慢していたことを誉めて欲しいくらいです。
話 2
改めまして、私はセレーネ・カタストロフ。今年で15歳になりましたわ。
これでもそれなりに公爵令嬢として有名なんですのよ?
母親譲りの蜂蜜色の髪はいつでも艶やかであるように手入れし、異国の珍しい花の香油をつけていますのでほんのり甘い香りがします。父親譲りのマリンダークブルーの瞳もミステリアスな輝きで素敵だとよく言われますわ。
現在学園に通っていまして成績も上位3位以内には必ず入っております。
第三とはいえ王子を入婿に迎えるならばその妻となる私もそれなりの評判を手にいれていなければいけませんもの。でないとどこの誰に足元をすくわれるかわからない。それがドロドロとした貴族社会の闇ですわ。
オスカー殿下はなんというか昔からあの通りの方でしたので、そのぶん私がしっかりしていなければなりませんでしたので。
え?オスカー殿下の成績?……あの方は、顔はまぁまぁ良いと思いますけれど好きな事だけ全力疾走する方なので察してくださいませ。あぁ、でもあのプラチナブロンドの髪と吸い込まれそうなスカイブルーの瞳だけはとても素敵だと思います。だけはね。
でも中身は残念な方なんです。
今日だって、せっかくの休日だったのに突然呼び出されたと思ったらアレでしたからね……。
私は死んだ魚のような目のままお父様の部屋に乗り込みすべての事情を話しました。あ、ちゃんと仕事の合間の休憩時間ですわよ?公爵として領地の仕事をこなすお父様の邪魔はいたしません。でも休憩時間は潰してしまいますが一刻を争いますのでご了承下さいませ。
「マジで?」
お父様、言葉遣いが乱れてますわ、落ち着ついて下さい。
「こんなことで嘘をついてどうしますの?私はそんなに暇ではありませんわよ。ちなみに今まで婚約破棄だと言われた時の理由は全て記録しております。アンナ、カモンですわ!」
アンナとは私専属の侍女ですわ。アンナは分厚い手帳を取り出し今まであのバカ王子が発言した言葉を読み上げました。
「まず初めての婚約破棄宣言が7歳の春……セレーネお嬢様が一緒に食べようとお持ちしたおやつにチョコチップクッキーが入ってなかったことにご立腹されてなされました」
そうですね、初めては7歳の時でしたわ。婚約をした3歳から6歳の時までは仲良くしていましたもの。
あの頃の私が愛犬のルドルフを撫でていたら「ぼくも」と言うので小枝を投げてとってこいを(殿下に)覚えさせ、三回まわってわんと(殿下に)鳴かせ、あと木に(お尻を木の枝で押して)登らせたら降りれなくなって(殿下が)泣いていましたわね。最初はルドルフより下手でしたけれど根気よくちょうきょ……ゲフンゲフン。根気よく教えたらとっても上手にできるようになったので「殿下は犬がお好きなのね」と頭を撫でてあげたんです。(殿下は)喜んでおりましたよ?
そんなにルドルフの真似がしたかったなんて、と驚きましたわ。でもルドルフに触ろうとしたのでお仕置きもしましたけど。ルドルフは人見知りが激しいので慣れない人に触られると噛みついてしまいますから。殿下なんかに噛みついたせいでルドルフが処罰されたらどうしますの?
でもそんな私とオスカー殿下の姿を見た侍女から「お嬢様はオスカー様のどんなところがお好きなんですか?」と聞かれて思わず「バカな子ほど可愛いと言いますでしょ?」と返事をしたのを覚えています。
だって最初はなにをやっても下手でしたわ。あんなに下手なお座りとお手なんてルドルフだってしませんもの。でも私は諦めませんでした。殿下は根気よく教えたらちゃんと出来る子だったんです。……あの頃は。
あの頃の感情があったからこそ婚約破棄宣言が始まってからも我慢できていたんですわ。ちゃんと最後まで面倒みなくてはという使命感ですかね。でも7歳を過ぎてからどんどん酷くなり、何を言っても無駄感が半端なかったですわ。あれが反抗期というやつかしらと〈犬の躾〉という本を読んだりしましたけれど、もう諦めました。
「…………さらに加えて本日は堂々と浮気相手がいらっしゃることを名言なさり、101回目の婚約破棄宣言となりました」
あら、考え事をしている間にアンナが手帳を読み終えましたわ。お父様が私と同じ死んだ魚のような目になってますから、同じ事を思っていらっしゃるでしょうね。
「……マジで?」
現実逃避しないでください。
「オスカー殿下は私の見た目も性格もお気に召さないそうですわ。いつだったかしらこの髪と瞳のこともさんざん言われましたもの」
「57回目の時です、お嬢様。突然お嬢様の髪を掴んだと思ったら『お前の髪は虫がよってきそうな甘ったるい髪だな!』と暴言を吐き、そのあと瞳を覗き込んで『お前の瞳はまるで提灯アンコウが泳いでいそうだな!』と高笑いなされました。そして『俺の言葉を喜ばないと婚約破棄だぞ!』と」
……あぁ、思い出しました。さすがにあれは家に帰ってからちょっと泣きましたわ。一応おしゃれしてたつもりでしたし、両親譲りの髪と瞳をあそこまでバカにされたのも初めてでしたので。
「……」
お父様がとうとう言葉をなくしてしまいましたわね。最初にアンナに読み聞かせられた時は「見た目を蔑んだあげくの婚約破棄宣言」だと聞かされた内容がこの髪と瞳だっから余計にショックだったのかもしれません。お父様は私のことをとても自慢に思ってますから。
なんでも私と面会した後はいつも殿下の機嫌がとても良かったらしいです。だから仲良くしていたのだと思っていたらしいですわね。でも今、事実を突きつけられて魂抜けそうになってますけれど。
「そうゆうことですので、是非、最後にオスカー殿下のお望みを叶えて差し上げたいと思いますのよ。婚約破棄を認めてくださいまし」
「いや、でもこれは王命で……陛下がなんというか……」
国王陛下とは仲がよいお父様は、王命というよりは陛下がショックを受けることを心配なさってますが、だからこそここまで私が我慢していたこともわかっていただきたいです。
「お父様、今すぐ行けですわ」
にっこりと。それはもうにーっこりとお父様に微笑みかけました。ついでに立てた親指を逆さにして首の前で真横に動かす動作も忘れません。
「い、今すぐ陛下のところにいってきますぅぅぅぅぅ!!」
私の本気度がやっとわかったのかお父様は真っ青な顔をして飛び出していきました。勇気を出して懇願したかいがありましたわ。
「アンナ、お茶を入れてちょうだい」
「畏まりました、お嬢様」
長年我慢していたことを出来たからか、ちょっとだけスッキリした気分になることが出来ました。
でもあの殿下のことです、自分の望みがかなってもきっといちゃもんをつけてくるに決まってますわ。
公爵令嬢たるもの、バカにされたままではいけません。ちゃーんとお仕置きして差し上げなくてはいけませんわよね?
話 3
〈断捨離〉とは、不要な物を〈断ち〉〈捨て〉、物への執着から〈離れる〉ことである。
「ですから私、オスカー殿下を断捨離しようと思いますの」
「……断捨離ですか」
オスカー殿下の浮気発覚からの婚約破棄宣言の翌日、本当なら今日は学園へ行かねばならないのですが特別にお休みを貰いました。1日くらい休んでも勉学に支障はありませんわ。授業の先の先くらいまでならとっくに習っておりますので。学園での授業は私にとっての復習ですわね。
「ええ、頑張って調教したのに覚えた芸も忘れて他所のメスに尻尾を振り噛み付いてくる婚約者などもう不要だと判断し、捨てることに致しました。公爵家に王家の血を入れたがっていたお父様たちには申し訳ないのですがオスカー殿下を跡取りにという執着から離れていただくことにしたんですの」
「貴女はそれでいいんですか?カタストロフ公爵令嬢。3歳からの婚約者だったし、アレ は見た目だけは女性に人気があると聞きましたが」
私の目の前にいる男性は優雅な所作でティーカップを口に運びます。流れるような手の動きは完璧ですわね。これがオスカー殿下だったらお茶をがぶ飲みしていますもの。
え?誰とお茶会しているのかって?
オスカー殿下の兄上……第二王子ハルベルト殿下ですが、なにか?
実は私、第二王子とはお茶友達ですの。本日は我が公爵家の客間でお茶会を致してますわ。もちろん各々が信頼している侍女や執事も待機してるのでふたりっきりではありません。
ハルベルト殿下は私より2歳上で、とても博識です。落ち着いていらっしゃるので大人っぽい雰囲気な殿方ですわ。学園では最上学年ですので先輩でもありますわね。ちなみにハルベルト殿下はとても優秀で、すでに卒業までの単位を取得されております。ですので私に付き合ってお休みしても支障はないと、こうしてお茶会をしてくださってるのですわ。ありがたいですわね。
「確かに見た目だけは人気がおありですわよ?私もたくさんの女性から嫉妬され嫌がらせされましたもの。この間も見知らぬ令嬢がわざわざ目の前にやって来てわざと転んで私が転ばせたと言いがかりをつけてきたり古臭いことをやっておりましたわ。『あんたみたいな性悪女にあんなイケメンはもったいない!』と言われたましたわ」
「相変わらず、女性を惑わす弟ですね」
少し複雑そうに笑うハルベルト殿下は、ご自分の見た目にコンプレックスを抱いていらっしゃいます。
灰色がかった銀髪も紺色に近い濃いアクアブルーの瞳も『くすんだ色、濁った色』だと自虐し、なによりご自分の顔にそばかすがあることを気にしていらっしゃるのです。
確かにオスカー殿下は“美しい輝きの王子”、ハルベルト殿下は“くすんだ地味王子”なんて揶揄している愚かな輩がいることも事実ですが……。
私はハルベルト殿下のその色味、とても落ち着くので好きなんですけれど。お顔のそばかすだって元々肌が弱くていらっしゃるのに領地に赴いて日焼けしてしまったせいですわ。強い陽射しを浴びすぎると火傷したようになってしまう体質なんてかわいそうですわ。
「実際に惑わされているのはオスカー殿下ですわ。ご自分がモテているからと自慢ばかりなさって、男の価値は付き合った女(メス)の数だなんて本気で思っているのなら家畜の小屋にでも放り込んでやればいいのです」
「相変わらず手厳しいですね」
ふふふ、と静かに微笑むハルベルト殿下。やっぱりハルベルト殿下は笑ってらっしゃる方がいいですわ。
しかし「あっ」とあることを思い出しました。こんな風に私とハルベルト殿下がお茶会をするのはいつものことなので気が付くのが遅れましたわ。
「そういえば、ハルベルト殿下は先日婚約者が決まったのではなかったですか?確か隣国の王女だとか」
私たちの関係を知ってる方々は今さら気にしてませんが、その婚約者の方から見たら自分の知らない女性と会ってるなんて嫌だと思いますわ。
「あぁ、それなら破談になりました。王女が僕の顔を見た途端に怒って嫌がり、なんでもオスカーに一目惚れしたからオスカーが良いと言い出しましたので白紙になったのです」
別段気にする様子もなくハルベルト殿下はおっしゃりますが、私は見たこともないその隣国の王女に怒りを感じました。
「その王女も見る目がありませんわね。ハルベルト殿下ほど優秀で素敵な方なんてそうそうおりませんのに」
私だって、婿養子をとらねばならない立場でなければ……なんて考えてしまいます。だってハルベルト殿下は私の初恋なんですもの。内緒ですけれどね。
「そう言ってくれるのは、貴女くらいですよ」
そう言って微笑むハルベルト殿下。この方の妻となられる方は絶対幸せになれますわ。未来のその方が羨ましいです。私がこっそりそんなことを考えていると、ハルベルト殿下は「あぁ、そういえば」とため息をつかれました。
「たぶんですが、貴女の前でわざと転んだり暴言を言ってきた見知らぬ令嬢はその王女ですよ。オスカーから貴女のことを色々聞き出していましたし、オスカーと仲良くなりたいからと無理矢理学園に転入してましたから」
「あら、どうりで見たことない方だと思いました」
あのちゃらんぽらんのアホ王子に何を吹き込まれたのか知りませんけれど、国同士の政略結婚を蹴り飛ばしてその時点では婚約者のいるオスカー殿下を略奪しようなんて浅はかですわね。
「そういえば、私の髪や瞳のことを蔑んできましたわね。どこかで聞いたフレーズだと思ったらオスカー殿下からの受け売りでしたのね」
「貴女の髪と瞳を?」
「ええ、昔、オスカー殿下から言われた言葉と同じでしたわ」
私が昔『お前の髪は虫がよってきそうな甘ったるい髪だな!』とか『お前の瞳はまるで提灯アンコウが泳いでいそうだな!』などと蔑まれた事があると伝えると、ハルベルト殿下の纏う空気が一瞬凍りついた気がしました。
「ハルベルト殿下?」
不思議に思った私が首を傾げるが、ハルベルト殿下はすぐにいつも通りに戻っていました。なんだったのかしら?
「いえ……貴女の髪は芳醇な香りのする魅惑の花の蜜のように美しいし、その瞳も深海の神秘のような美しさなのに、オスカーの目は節穴ですね」
「まぁ、お上手ですわ。でも例えお世辞でもそんな風に言われると嬉しいですわね」
やっぱりハルベルト殿下はお優しいです。誉め言葉もお上手だし、オスカー殿下 (馬鹿)とは雲泥の差……いえ、ダイヤモンドと砂埃ですわね。
ハルベルト殿下が再びにっこりと微笑むと灰色がかった銀髪がさらりと揺れました。あ、この角度、素敵ですわ。
「では例の件ですが……カタストロフ公爵令嬢のご要望は必ず叶えて見せましょう。お任せください」
「ありがとうございます」
このお茶会のメインは私がハルベルト殿下にあるお願いをしたかったからなんですの。まぁ、ハルベルト殿下とお茶会をして癒されたかったのも事実ですけれど、そんなこと言えませんし。
こうして端から見れば終始穏やかなお茶会は幕を閉めました。
断捨離とは、あと腐れなくバッサリやるべし。と、どこかの誰かも言っていましたし徹底的にやることにしましたのよ。ふふふ。