話 1
伊藤沙耶香は、恋人と約束していた。大学の卒業式である今日、二人で市役所へ行き、婚姻届を出すことを。
彼女は自分に自信があった。容姿は上等だし、四年付き合っている彼との関係も安定している。国から結婚相手を強制的に割り振られるような、そんな惨めな境遇に自分が陥るはずがないと信じて疑わなかった。
しかし、不幸なことに、約束の当日、彼女はあっさりと振られた。
市役所の前で散々待たされた挙げ句、沙耶香はついに歯ぎしりしながら毒づいた。「あのクズ!気が変わるならもっと早く言えばいいものを。よりによって市役所の前まで来て、電話一本でドタキャンするなんて!」
もし一日でも早く知らされていれば、この顔があれば、現場でガチャって相手を選ぶなんて惨めな目に遭わずに済んだものを!
少なくとも、そこそこの同級生を捕まえて、手続きを済ませるくらいはできたはずだ。
それにしても、現場の抽選で、格好よくて性格も優しい家庭的な良い男を引き当てる確率なんて、一体どれほど低いというのか。
缶ジュースのフタがいつも「ハズレ」で、宝くじを買えば当たった試しがない。そんな運のない自分が、何千万分の一という確率をくぐり抜けて、いい男に当たるわけがないと沙耶香は思っていた。
いい男なんて贅沢は言わない。
せめてDVをせず、タバコを吸わず、ハゲておらず、ブサイクですらなければ、もう神様に感謝するレベルだ。
そうこうしているうちに、抽選の締め切り時間が迫ってきた。
沙耶香は不満げに唇を尖らせ、しぶしぶ市役所の中へと足を踏み入れた。
深刻な少子高齢化に歯止めをかけるべく、政府は婚姻率と出生率を確保するための政策を打ち出している。二十二歳以上の未婚男女は結婚が義務付けられ、大学生は卒業までに籍を入れなければならないのだ。
結婚したくないのなら、毎月二十万円という高額な「独身税」を支払うことが条件となる。
未婚のまま納税もせず、国が割り当てたマッチング相手も拒否するとなれば? 大学の卒業証書は発行されず、雇ってくれる企業も現れない。それは社会的な死を意味する。
沙耶香の現在の経済状況では、これほど高額な税金を支払う余裕は全くなかった。
彼女には、卒業証書を手にして働かなきゃいけないんだ。結婚したくないからって、これからの人生を棒に振るわけにはいかないだろう?
市役所の職員が、目を閉じて必死に神頼みをしている沙耶香を冷ややかに急かした。「おい、早くしろよ。今引かないと窓口閉まっちまうぞ」
今ここで抽選機を回さなければ、システムによって強制的に番号を割り当てることになる。
沙耶香は深く息を吸い込み、震える指で自動抽選端末の画面を押した。
画面上の数字が狂ったようにスクロールする。
やがて、一つの数字でぴたりと止まった。
「おめでとうございます、伊藤沙耶香さん。当選したのは99999番のお相手です。サービスカウンターで詳細を受け取ってください。末永くお幸せに。早くお子さんに恵まれるといいですね」
担当職員が驚愕に目を見開き、信じられないといった表情を浮かべた。
これほど綺麗な連番だなんて!
容姿、学歴、能力、家柄――あらゆるステータスが最高ランクに位置する「超優れ者」でなければ、このような番号が割り振られることはまずない。
しかもこれは、滅多にお目にかかれない希少な番号だ。
職員は羨望の眼差しを隠さず言った。「お嬢さん、あんた相当運がいいよ。こんな最高の相手を引き当てるなんて!」
沙耶香はきょとんとして首を傾げた。職員が何を騒いでいるのか、いまいちピンとこなかったのだ。
本人の顔もプロフィールもまだ見ていないのに、運がいいって?ピンとこないんだけど。
ただ、相手がどんな男だろうと、今の彼女にとっては二の次だった。試用期間中だった彼女は、婚姻届受理証明書さえ手に入れば正社員登用になり、十二万円の月給を支給される。
この十二万円を手にできるのは、いわば相手のおかげでもあるから、沙耶香は心に決めた。もし相手がまともな見た目の普通の人間なら、それなりに仲良くやっていこうと。
たとえ相手が貧乏でも構わない。この給料があれば、二人でカップ麺を啜って生きていくことくらいはできるのだから。
「伊藤さん、こちらがお相手の資料です。先方には既に通知が行っておりますので、待機室でお待ちください。すぐにお迎えに来るはずですよ」
沙耶香は頷き、書類を受け取った。
そこに記された名前に目を落とし、ふと動きを止める。
(この名前、どこかで見たような……)
(確か、長者番付に新しく名を連ねたあの若き大富豪も、同じ名前だった気がするのだが……)
話 2
だが沙耶香は信じなかった。カップ麺を食べる割り箸すらないような自分に、そんな都合のいい運命が転がり込んでくるはずがない。
どうせ、同姓同名の別人だろう――そう思うことにした。
その頃、Z国最大のテクノロジー企業・星テクノロジーでは、社長藤原柊真の秘書が青ざめた顔でスマートフォンを握りしめ、社長室の扉を叩いていた。
「入れ」 低く、感情の読めない声が返った。
「社長……あの……さっき、婚姻マッチングの抽選で……社長が、ある女性に引き当てられてしまいまして……!」
秘書はおそるおそる言った。言葉がところどころ詰まった。
柊真が女嫌いであることは、社内では誰もが知っている。普段から、彼の一メートル以内に近づいた女性は、例外なく異動か退職に追い込まれてきた。
それなのに――今年も確かに、独身税はきちんと納めていた。本来なら、抽選対象から外れているはずだった。
(システムの不具合か……?)
柊真の険しい表情を見て、秘書は慌てて言った。「社長、すぐに先方へ連絡して対処します。きっとシステムの手違いです。今ならまだ間に合います!」
スマートフォンを操作しようとした、その瞬間。画面にトレンドが飛び込んできた。
【衝撃】極度の女性嫌いで知られる新興財閥の若きトップ・藤原柊真、一般女性に結婚相手として“当選”される!
秘書は息を呑み、身動きが取れなくなった。
柊真は険しい顔のまま、低く言った。「まずは、様子を見に行く」
ここ最近、柊真は一族から縁談を押しつけられ、息が詰まりそうになっていた。ついに業を煮やした彼は、身の程をわきまえない連中への牽制として、自らの名前を抽選プールに入れたのだ。
独身税さえ納めていれば、選ばれることはない。そう思っていた。
だが、まさか本当に女に引き当てられるとは。
幼い頃の事故が原因で、彼には奇妙な体質がついてまわるようになった。女性が近づくと、呼吸が乱れ、息苦しくなり、全身に蕁麻疹が出るのだ。
いまだに解決策は見つかっていない。
この件は、社内でもごく一部しか知らない極秘事項だった。万が一外部に漏れれば、成長期にある会社の株価は一気に暴落しかねない。
そのため柊真は、対外的には「極度の女嫌い」と公言していた。加えて、彼に近づいた女性がことごとく辞めさせられてきたこともあり、その噂はますます広まっていった。
だが、起きてしまったものは仕方がない。抽選結果を取り消すにも莫大な代償が必要で、下手をすれば会社の評判にも傷がつく。
柊真は、自ら市役所へ行って確認することにした。どうしても避けられないなら、相手と話し合い、形だけの契約結婚に持ち込むしかない。
秘書は顔をこわばらせながらも、覚悟を決めて頷いた。
やがて、一見すると控えめで、どれもまったく同じに見える黒塗りの高級車が十数台、道路を疾走していった。しかしその実、すべて特別改造が施され、防弾性能まで備えた、市場に出回ることのない代物ばかりだった。
一方、沙耶香は市役所の待合室で待ちくたびれていた。
そのとき、扉が開いた。
沙耶香の目がぱっと輝いた。ついに、これから夫になる男が現れたのだと思った。
ところが、入ってきたのは、ハゲた中年男だった。
沙耶香はがっかりすると同時に、ギョッとした。
まさか、未来の夫って、まだ二十二歳なのにこの見た目……?
男は厳しい顔で、冷たく名乗った。「伊藤さん、はじめまして。私は、あなたが抽選で引き当てたお相手――藤原柊真さんの婚約者、神谷彩音さんから依頼を受けた弁護士です」
「神谷さんはおっしゃっています。あなたが身の程をわきまえ、自ら藤原さんとの婚姻抽選の結果を辞退するのであれば、違約金の二千万円を肩代わりし、さらに慰謝料として二千万円をお支払いすると」
沙耶香は思ってもみなかった。適当に抽選で引いた男をめぐって、まさかドラマでよく見る「お金をあげるから、うちの息子から離れてちょうだい」みたいな展開になるとは。
彼女は思わず突っ込んだ。「その神谷さんって人が、本当に私の未来の夫の婚約者なら、どうして彼の名前が抽選システムに残ってるんですか? それに、神谷さんがお金を出せるくらいの人なら、お相手だってお金持ちなんですよね?お金持ちなのに独身税も払えなくて、抽選システムに載って、私みたいな一般人に引き当てられるなんてこと、あります?」
沙耶香は首を振り、苦笑した。あの彩音という女性は、恋にのぼせすぎて、冷静さを失っているのだろう。
そもそも、この制度が本当に“いいもの”だったら、整理券を取るだけでも大行列、裏口を使ってでも申し込みたい人であふれているはずだ。
それを、わざわざ強制する必要などない。
「私は冗談を言っているのではありません。あなたが引き当てたのは、あの藤原柊真さんです。 彼と神谷さんは家柄も才能も釣り合っている。あなたの入る隙間などどこにもありません」
「忠告しておきます。あなたのような一般家庭の女性が、藤原家に嫁げるなどと思わないことです。早いうちに諦めなさい。いくら払えば、抽選取り消しに応じるんですか?」
弁護士の口調は、次第に高圧的になっていった。
沙耶香も、そこで一気に腹が立った。「藤原さんがそんなにこの結婚を嫌がっているなら、ご本人が取り消しを申し出ればいいじゃないですか。どうして私がやらなきゃいけないんですか?」
抽選取り消しの申請には、重い代償が伴う。それをすれば、沙耶香は卒業証書を受け取れなくなり、就職先を見つけることもできなくなる。
あの神谷という女性は、たった二千万円で自分の未来を買い取ろうとしているのだ。冗談じゃない。
他人の都合で、自分の人生を棒に振るほど、沙耶香は馬鹿ではなかった。
「あなた……!」
弁護士は怒りで顔を赤くした。もし彩音がこの件を柊真本人に持ち込めるのなら、そもそも自分がここで仲介する必要などない。
「神谷さんがどなたか、ご存じないのですか? 国際的な賞まで受賞し、国に名誉をもたらしたピアニストですよ!あなたのような平凡な女性が、神谷さんと張り合えるとでも?」
沙耶香の胸の奥に、不快なものが広がった。
弁護士は彼女の表情が曇ったのを見て、勝ち誇ったように一枚の写真を取り出し、沙耶香の前に置いた。 「ご覧なさい。こちらが神谷さんです」
写真の中の女性を見た瞬間、沙耶香の表情がすっと冷えた。
――知っている。
十五歳のとき、沙耶香の前にある夫婦が現れた。自分たちが彼女の実の両親だと言った。
彼らはこうも言った。家にはすでに、あなたより百倍も優秀な姉がいる、と。
沙耶香が返事をするより先に、その夫婦は彼女を脅した。姉から何一つ奪ってはいけない。姉を傷つけるようなことは絶対に許さない、と。
沙耶香が神谷家に戻ることを許されたのは、神谷家の血を引く者を外に置いたままでは体裁が悪い、ただそれだけの理由だった。
そのとき、沙耶香は写真を見せられていた。そこに写っていた少女は――今、弁護士が差し出した写真の女性と、まったく同じ顔をしていた。
「ご実家の経済状況は、あまりよろしくないそうですね。神谷さんがひと言おっしゃれば、あなたの養父母など職を失うことに――」
「やってみなさいよ!」
「彼女にそんな真似をさせるものか」
男と女、二つの声が同時に響いた。
話 3
沙耶香は、思わず入口のほうを振り向いた。
逆光の中から現れた男は、広い肩に引き締まった腰をしていた。その顔立ちは、まるでこの世で最も優れた彫刻家が丹念に彫り上げたかのように整っていた。
彼は険しい表情のまま、大股でこちらへ歩いてきた。
弁護士は柊真の姿を見た瞬間、明らかに狼狽した。
顔を隠すようにしてこそこそと逃げ出す。だが去り際、沙耶香の足を思いきり引っかけることだけは忘れなかった。
「っ……!」沙耶香は体勢を崩し、そのまま前へ倒れ込んだ。
柊真は普段、決して女性に手を貸さない。自分の体質を人前で知られるわけにはいかなかったからだ。
それなのに――なぜかその瞬間、目の前の少女を支えずにはいられなかった。
支えた直後、柊真はすぐに後悔した。
だが、おかしい。彼女に触れたというのに、顔が熱くなることも、息苦しくなることも、全身に蕁麻疹が出ることもなかった。
柊真は呆然と、自分の手を見下ろした。たった今、沙耶香に触れたその手を。
――なぜだ。なぜ、目の前の彼女には拒絶反応が出ない?
柊真は、きっとアレルギー反応が遅れているだけだ、と自分に言い聞かせた。
それから改めて、目の前の彼女を見た。美しい顔立ちをしている。どこかで見たような気もした。
沙耶香はぱっと明るい笑みを浮かべ、自分から手を差し出した。「はじめまして。伊藤沙耶香です」
まさか、二十年以上ずっと不運続きだったのは、この一度の抽選に運を全部取っておくためだったなんて。
目の前の男は、体格も、容姿も、纏う空気までもが、どれを取っても人並み外れていた。
彩音がわざわざ弁護士まで送り込んで脅してきた理由が、ようやく分かった。
こんな極上の男、誰だって手放したくないに決まっている。
先ほど弁護士が言っていた、目の前の男と彩音の家柄が釣り合う、という話。
沙耶香はまったく信じていなかった。
本当にそうなら、彩音の両親があらゆる手を使って娘の願いを叶えようとするはずだし、そもそもこの男が抽選リストに入っているわけがない。
沙耶香は、彼の服装にちらりと目を向けた。シンプルなデザインの服で、どこにもブランドロゴは見当たらない。そのせいで彼女はますます確信した。この人も自分と同じ、普通の家庭で育った人なのだと。ただ、見た目が飛び抜けているだけなのだと。
差し出された沙耶香の手を見て、柊真は一瞬、動きを止めた。
さっき、彼女とはかなり近い距離で触れ合った。それなのに、体には何の異変も起きなかった。
まさか、彼女こそ、自分の病を癒やすために天が遣わした『薬』なのか。
柊真は試すように、彼女の手を握った。
温かい。そして、柔らかい。
しかも、彼女の体からは、かすかに陽だまりと石けんを思わせるような香りがした。ひどく心地いい香りだった。
しばらく握ってから、柊真はようやく手を離した。
やはり、彼女に触れることに拒絶反応はない。蕁麻疹も出ない。息が詰まることもない。吐き気もない。
柊真は胸の奥に湧き上がる喜びを、必死に押し殺した。
ここへ来る前、彼は彼女にそれなりの補償金を渡し、今回の抽選を辞退させるつもりでいた。
だが今、はっきり分かった。彼女こそ、自分の運命の相手だ。
「婚姻届の提出窓口はどこだ?」柊真が尋ねた。
背後に控えていた秘書は、目を見開いた。
先ほど社長があの女性に触れた瞬間、秘書は内心で「まずい」と思っていた。指はすでに、いつでも救急車を呼べるよう、スマホの「119」の発信ボタンにかかっていたほどだ。
それなのに、社長の体には何の反応も起きなかった。
しかも今、社長のほうから結婚手続きをすると言い出したのだ。
秘書は、目玉が飛び出しそうになるほど驚いていた。
超がつくほどの美形が、本当に自分と婚姻届を出すつもりなのだと分かり、沙耶香は一気に前のめりになった。「こっちです!」
二人はすぐに手続きを終え、市役所を出た。
柊真は車のそばに立ち、沙耶香を見下ろした。「学校まで送ろうか。それとも……?」
沙耶香は、柊真の車をちらりと見た。控えめで、質素。どこにでも走っているタクシーと、大差ないように見えた。
沙耶香は車に詳しいわけではない。だが、いい車かそうでないかくらいは分かる。
今しがた結婚したばかりの夫は、服装もごく普通。車もごく普通。
しかもその車は、近くに停まっている十数台の車と一緒に並んでいた。どう見ても、タクシーの車列だ。
つまり、結論はひとつ。彼女の夫は、タクシードライバーなのだ。
沙耶香は知っている。タクシードライバーは、収入自体は悪くないこともある。けれど、安定しているとは言いがたい。
必死に働いて、一日に十数時間ハンドルを握れば、その月は二十万円近く稼げるかもしれない。だが翌月には、四、五万円前後に落ちることだってある。
それでも沙耶香は、まったく問題だとは思わなかった。
柊真は、これほどまでに顔がいいのだ。少しくらい欠点があっても、許されて当然ではないか。
沙耶香にとっては、むしろ好都合だった。顔のいい男が貧しいからこそ、自分にもチャンスが回ってきたのだから。
沙耶香は、仕事が不安定そうな柊真を安心させてあげようと決めた。
「あなた、安心して。婚姻届を出したから、私、すぐ正社員になれるの。これからは創源テクノロジーの正式な社員だよ。月給は十二万円で、毎年お給料も上がるんだから!」
「これからは、私があなたを養うね。 私が食べられるなら、あなたにもちゃんと分ける。二人で、カップ麺に卵を入れられるくらいの暮らしを目指そう」
そう言ってから、沙耶香は少しうつむいた。もしかして今の言い方、柊真のプライドを傷つけたかもしれない。
そう思い、慌てて言葉を足した。「えっと、つまりね。これからうちは、私が土台を支えるから、あなたはもっと上を目指してくれればいいの。私たちのいい暮らしは、これからだよ!」
柊真の表情が、たちまち何とも言えないものになった。妙で、複雑で、どこか理解に苦しんでいるような顔。
これまで何年もの間、数えきれないほどの女たちが、彼の顔と財産を目当てに近づいてきた。
だが目の前の新妻は、たしかに彼の顔を見て嬉しそうにはしているものの、いわゆる目がくらんでいるような様子はない。
何より重要なのは――。どうやら彼女は、自分のことを「女に養われる必要がある貧乏な男」だと思い込んでいるらしい。
柊真は、振り返って秘書を一瞥した。秘書もまた、何とも言えない妙な顔をしていた。
「君が、俺を養う?」柊真は尋ねた。「どうして?」 その表情には、もの珍しさが浮かんでいた。さらに、理由の分からない小さな喜びまで滲んでいる。
女に「養ってあげる」と言われたのは、これが初めてだった。
沙耶香は困ったように、柊真の服と、そのそばに停まっている車をちらりと見た。
「別に、深い意味はないよ。ただ、これから二人でちゃんと暮らしていこうってこと。 あ、そうだ。あなたが借りてる部屋ってどこ?私、卒業したら学校の寮にいられなくなるの」
もう結婚したのだ。二人は正式な夫婦なのだから、沙耶香も変に遠慮するつもりはなかった。