話 1
再生不良性貧血の末期と診断され, 余命三ヶ月を宣告された. 唯一の適合者は, 姉の聖穂と, 恋人の一歩.
しかし, 彼らは私の骨髄移植を冷酷に拒否した. 私の死を早め, 私のすべてを奪うために.
「美心は地味すぎるわ. 私のブランドには合わない」
「美心の才能は, 聖穂の比じゃない. 彼女こそが, このブランドの顔になるべきだ」
姉と恋人の裏切りだけではなかった. 私が命懸けで築き上げたブランドも, 財産も, そして最愛の娘さえも, 姉に奪われてしまった.
「聖穂ママと遊ぶから, 美心ママは邪魔なの! 」
娘の無邪気な一言が, 私の心を完全に打ち砕いた.
なぜ, 私の人生はここまで踏みにじられなければならないのか.
ならば, このままでは終わらせない. 私の死をもって, 彼らの幸福を永遠に呪ってやる. 私の「従順な」復讐が, 今, 始まる.
医者の言葉は, 私の人生を三日で終わらせた. 再生不良性貧血末期. 唯一の適合者は, 私の姉, 聖穂. そして, 私の恋人, 安達一歩.
第1章
広瀬美心 POV:
「広瀬美心さん, これ以上は…」
白衣の医師が私から目を逸らした. その表情は, 私にとって慣れ親しんだ感情の表れだった. 憐憫.
「彼女は, まるで吸血鬼だ. 広瀬聖穂の成功の陰で, 全ての血を吸い尽くしている」
「でも, 美心さんのおかげで, あのブランドはここまで成長したんでしょう? 」
「そうさ. だが, 聖穂はそんな妹を疎ましく思っている. 美心は, 自分の才能を姉のために捧げた愚かな女だ」
聞こえてくる看護師たちのひそひそ話. 私はベッドに横たわり, 天井を見上げていた.
彼らの言葉は, 鋭い刃物のように私の心臓を突き刺した. 痛い. だが, 驚きはなかった.
私の人生は, ずっとそうだったから.
私は静かに目を閉じた. 私の人生は, もうすぐ終わる. だが, このままでは終わらせない.
私の全てを奪った者たちに, 相応しい報いを.
「先生, 私の病気について, もう一度詳しく教えていただけますか? 」
私は静かな声で尋ねた. 医師は戸惑いながらも, 私に顔を向けた.
「再生不良性貧血です. 骨髄の機能が低下し, 全ての血球が作られなくなる難病です」
医師の声は, どこか遠くで聞こえるようだった.
「末期です. 余命は, 長くて三ヶ月…短ければ, 一ヶ月もたないかもしれません」
彼の言葉は, 私の胸に重くのしかかった. 三ヶ月. それが, 私の残された時間.
私はゆっくりと, 過去を振り返った.
両親を早くに亡くした後, 私と聖穂姉さんは二人きりになった.
聖穂姉さんは, 私の唯一の家族. 私の全てだった.
姉の夢は, 自分のファッションブランドを立ち上げること. その夢を叶えるために, 私は昼夜を問わず働いた.
寝る間も惜しんで, 資金を稼いだ.
「KIYOHO」というブランドが成功するにつれて, 姉は私を遠ざけるようになった.
「美心は, 地味すぎるわ. 私のブランドには合わない」
聖穂姉さんは, そう言った.
私は, 姉の成功のために, 自分の存在を消した. それが私の喜びだった.
だが, 姉は私の隣に, 別の人間を置いた.
それが, 私の恋人, 安達一歩だった.
一歩は, KIYOHOのCOOとして, 姉の右腕となった.
私は彼の才能を信じていた. 彼が, 聖穂姉さんのブランドを世界に羽ばたかせてくれると.
それが, 私の愚かな愛だった.
「美心, 今夜は聖穂と食事に行くんだ」
一歩は, 私にそう言った. 彼の声は, いつもと変わらない. だが, 彼の目は私を見ていなかった.
彼は, 姉のブランドの成功を喜んでいるようだった.
「そう. 楽しんできてね」
私は微笑んだ. 私の心は, 冷え切っていた.
彼の視線は, 私の背後, つまり聖穂姉さんが立つ場所に向けられていた.
「聖穂も, 美心と話したがっていたよ. 最近, 疲れているだろう? 」
一歩は, まるで私を気遣うように言った. その言葉は, 私にとっては空虚な響きだった.
「大丈夫よ. 仕事が忙しいだけ」
私は, 無理に笑顔を作った.
「そうか. 無理はするなよ」
一歩の言葉は, まるで上辺だけの優しさだった. 私の知っている一歩は, もっと温かい人だったはず.
「一歩, あなたには, いつも感謝しているわ」
私がそう言うと, 彼の表情がわずかに歪んだ.
彼は何か言いかけたが, 結局, 何も言わなかった.
私はその沈黙の意味を, 苦い思いで理解した.
彼は, もう私を愛していない.
安達一歩. 彼は, 私がKIYOHOを立ち上げる際に見出した, ビジネスの才能を持つ男だった.
私は彼を信じ, 私の全てを捧げた.
彼は私の才能を最大限に利用し, ブランドを成功へと導いた.
だが, 彼は同時に, 聖穂姉さんの野心的な性格に惹かれていった.
聖穂姉さんは, 彼にとって, 私よりも魅力的な「成功」の象徴だったのだろう.
私が倒れる前, 一歩は私に言った.
「美心, 聖穂の才能は, 君の比じゃない. 彼女こそが, このブランドの顔になるべきだ」
あの時, 私は彼の言葉を, 姉への賛辞だと思った. だが, それは私への, 残酷な宣告だった.
「美心, 私の夢を実現させてくれて, 本当にありがとう. でも, もういいわ」
聖穂姉さんは, かつて私にそう言った. その言葉は, 私の心に深く刻まれている.
私は, 姉のために全てを捧げた. だが, 姉は私を必要としなくなった.
「美心, 顔色が悪いぞ. 本当に大丈夫なのか? 」
一歩は, 心配そうに私に問いかけた. その声は, かつての優しさを装っていた.
「ええ, 大丈夫よ. 少し疲れているだけ」
私は, 彼の目を真っ直ぐに見つめた. 彼の偽善が, 私の心を激しく揺さぶった.
「そうか. あまり無理をするなよ. 心配だ」
一歩は, 私の頭を軽く撫でた. その手は, 冷たかった.
その瞬間, 私は悟った. 彼らは, 私が邪魔になったのだ.
彼らは, 私が病気で弱っているのをいいことに, 私の全てを奪い取ろうとしている.
「分かったわ. 心配してくれて, ありがとう」
私は, 彼の言葉を受け入れたフリをした. 私の心は, 復讐の炎で燃え上がっていた.
彼らは, 私が彼らの幸福を台無しにすることなど, 思いもよらないだろう.
私が積み上げてきたものは, 彼らにとってはただの足場に過ぎなかった.
私は病院から抜け出し, 足取りも覚束ないまま自宅へと向かった.
頭の中は, 彼らの言葉がこだましていた.
「美心は, ただの事務屋だ. デザインの才能もないくせに, 聖穂の隣にいる資格はない」
「母親の座も, 聖穂に譲るべきだったのよ」
家に着くと, リビングから子供たちの笑い声が聞こえてきた.
「聖穂ママ, もっと高く! 」
私の娘, 花が聖穂姉さんに抱きつき, はしゃいでいる.
私はその光景を見て, 呼吸が止まるかと思った. 花は, 私を「聖穂ママ」と呼んでいた.
私の心は, 砕け散った.
私は, その場に立ち尽くした.
花は, 私に気づくと, 一瞬笑顔を曇らせた.
「ママ…」
その声は, どこか遠慮がちだった. 私の心臓は, 氷の破片でできたようだった.
「あら, 美心. 帰っていたのね. 顔色が悪いわよ」
聖穂姉さんが, 私に気づいた. 彼女の笑顔は, 私を嘲笑っているように見えた.
私は一歩, リビングに入った. ソファには, 私が座っていたはずの場所に聖穂姉さんが座り, 私が使っていたカップでコーヒーを飲んでいた.
私の心は, 激しく波打った.
「聖穂姉さん, 一歩. あなたたちに話があるの」
私は, 震える声で言った. 彼らは, 私に顔を向けた.
「美心, 何の話? 」
聖穂姉さんが, 怪訝そうな顔で私を見た.
「私, 持っている全ての財産を, あなたたちに譲渡しようと思うの」
私の言葉に, 聖穂姉さんの顔から笑顔が消えた.
「え…? 美心, 何を言っているの? 」
聖穂姉さんは, 驚いたように目を見開いた. その顔は, 偽りだった.
私は, 彼女のために集めた絵画コレクション, 豪華なジュエリー, そして私が設計したこの家を見つめた.
これらは, 私の人生の全てだった. だが, もう私には必要ない.
「私には, もう必要ないものだから」
私は, 薄く微笑んだ. 私の心は, 冷たい復讐の炎で燃えていた.
「本当に? 美心, どういう風の吹き回し? 何か企んでいるんじゃないでしょうね? 」
聖穂姉さんの声は, 疑心に満ちていた. 彼女の偽装が, 一瞬崩れ落ちた.
私は彼女の目を見つめた.
「聖穂姉さん, 私はもう疲れたのよ. これ以上, あなたたちに邪魔されたくない」
私の言葉は, 静かだが, 鋼のように硬かった.
聖穂姉さんの顔から, 血の気が引いた. 彼女は, 私の真意を理解したようだった.
「いい? 聖穂姉さん, 一歩. あなたたちが, この上ない幸福を手に入れることを, 心から願っているわ」
私は, 彼らに向かって微笑んだ. 私の心は, 凍りついていた.
その時, 一歩がリビングに入ってきた. 彼は, 私と聖穂姉さんの間の緊張した空気を察したようだった.
「聖穂, どうしたんだ? 」
一歩が, 心配そうに聖穂姉さんに問いかけた.
「何でもないわ, 一歩. 美心が変なことを言い出しただけよ」
聖穂姉さんは, すぐにいつもの笑顔に戻った. 彼女は, 一歩に抱きついた.
「私はもう行くわ. 花, 言うことを聞くのよ」
私は, 花に優しく声をかけた. 花は, 私から目を逸らした.
「ママ, どこに行くの? 」
花の幼い声が, 私の胸を締め付けた.
「少し, 遠いところへね」
私は, 花に微笑んだ. 私の心は, 千の破片に砕け散っていた.
「聖穂ママと遊ぶから, ママは早く行ってよ! 」
花の言葉は, 私の心を深く抉った. 彼女は, 私を拒絶した.
「花, もう一度言ってごらん? 」
私は, 震える声で聞いた.
「聖穂ママと遊ぶから, 美心ママは邪魔なの! 」
花は, 大きな声で叫んだ. その言葉は, 私のとどめを刺した.
私は, その場に崩れ落ちそうになった. 私の体は, 血の気が引いていくように冷たくなった.
私の人生は, もう終わりに近づいている. 再生不良性貧血は, 確実に私の体を蝕んでいた.
私は, 這うようにして, 部屋に戻った.
「私が死んだら, この絵は聖穂姉さんに譲ってね」
私は, 壁にかかった絵画を見つめた. それは, 私が初めて自分で稼いだお金で買った絵だった.
私の復讐は, 始まったばかり.
彼らは, 私が死んだ後も, 私の存在に囚われることになるだろう.
私の復讐は, 彼らが最も幸せな瞬間に, 全ての真実を暴き出す.
彼らは, 永遠の後悔に苛まれるだろう.
私は, その未来を思い描いた. 私の心は, 静かに燃え上がった.
彼らは, 私が与えた幸福の全てを, 自らの手で破壊するだろう. 聖穂姉さん, 一歩. あなたたちの幸福は, 私の呪いと共に, 永遠の地獄へと落ちていく.
話 2
広瀬美心 POV:
鈍い痛みが体を這い上がり, 私は息を詰めて目を覚ました. まるで全身の骨が粉々に砕け散ったかのような激痛だった.
だが, 私は平静を装った. 私の顔には, 微塵の怯えも悲しみも浮かんでいなかったはずだ.
今日やるべきことは, 明確だった. 私は, 全ての準備を整えなければならない.
リビングから, 子供たちの楽しそうな声が聞こえてきた. 花と, 聖穂姉さんの笑い声だ.
私はゆっくりとベッドから起き上がり, ドアの隙間からリビングを覗いた.
花は聖穂姉さんの膝に座り, まるで本当の母親のように甘えていた. 聖穂姉さんも, 満面の笑みで花を抱きしめている.
その光景を見た私の心は, 冷たい氷でできたかのように凍りついた.
花は, 私に気づくと, すぐに笑顔を消した.
「ママ…」
彼女の目は, 私を避けるように泳いだ.
「おはよう, 花. 元気だった? 」
私は, 震える声で花に語りかけた.
花は, 聖穂姉さんの背中に隠れるようにして, 私を見た.
「うん…」
彼女の返事は, 短く, 冷たかった.
「聖穂ママ! 一緒に遊ぼうよ! 」
花は, 私の方を見ようともせず, 聖穂姉さんに抱きついた.
「あら, 花. 美心ママもいるのに? 」
聖穂姉さんは, 私に聞こえるように言った. その声には, わざとらしい優しさが含まれていた.
花は, 私を真っ直ぐに見つめた. その目は, まるで私を非難しているようだった.
「美心ママは, いつもお仕事ばかりで, 全然遊んでくれないもん! 」
花の言葉は, 私の胸をナイフでえぐり取るようだった. 痛い. あまりにも痛すぎる.
私がどれだけ, 花のために働いてきたか. どれだけ, 彼女のためにこのブランドを築き上げてきたか.
だが, 彼女には伝わらなかった.
私が仕事をしていた時, いつも聖穂姉さんが花の相手をしていた. 聖穂姉さんは, 花にとって, 理想の母親だったのだろう.
「ごめんね, 花. ママは, お仕事が忙しかったから…」
私は, 花に無理に笑顔を向けた.
「いいのよ, 花. 美心ママは疲れているから, 聖穂ママと遊んでいらっしゃい」
聖穂姉さんが, 花の手を引いた. 花は, 私を一瞥することもなく, 聖穂姉さんと一緒に部屋を出て行った.
私の体は, その場に崩れ落ちそうになった. 全身の力が, 急に抜けていくようだった.
心臓が, まるでガラスのように砕け散った. 痛みで, 息ができない.
「美心…」
リビングの奥の書斎のドアが開き, 一歩が顔を出した. 彼は, 私の顔を見て, 眉をひそめた.
彼は, 私の苦しみを理解しているわけではなかった. ただ, 私が弱っていることに気づいただけだ.
「何かあったのか? 」
一歩は, 私に近づいてきた. その声には, かすかな苛立ちが混じっていた.
「いいえ. あなたに, 話があるの」
私は, 無理に平静を装った. 私の心は, 復讐の炎で燃え盛っていた.
一歩は, 私の言葉を聞いて, ため息をついた.
「今か? 忙しいんだが…」
彼の態度に, 私の心はさらに冷え込んだ.
「ええ. あなたにとって, 非常に重要な話よ」
私は, 彼の目を真っ直ぐに見つめた. 彼の表情が, 一瞬固まった.
「婚前契約の変更についてよ. 私, 全ての財産を放棄しようと思うの」
私の言葉に, 一歩は驚きで目を見開いた.
「放棄…? 美心, 何を言っているんだ? 君の財産は, 君と僕, そして花のものだ」
彼は, まるで意味が理解できないとでも言うように, 私を見た.
「ええ. だから, あなたに全てを譲るわ. 株式, 不動産, そして私の全ての個人資産も」
私は, 静かに言った. 私の心は, 既に死んでいた.
「株式だけじゃないわ. 私が持っている絵画コレクションも, 全てあなたに譲渡する」
私の言葉に, 一歩の顔はさらに青ざめた. 彼は, 私が持っている絵画コレクションの価値を知っていた.
「なぜだ? 美心. なぜ急にそんなことを…」
一歩は, まるで私が正気を失ったとでも言うように, 私を見た.
「あなたも, 聖穂姉さんも, 貧乏は嫌いでしょう? だから, 私が邪魔しないように, 全てを譲るのよ」
私は, 皮肉な笑みを浮かべた. その場に, 冷たい空気が流れた.
一歩は, 鋭い視線で私を見つめた.
「美心, 何を企んでいる? こんな真似をするような人間じゃないだろう」
彼の声は, 警戒に満ちていた.
「疲れたのよ, 一歩. 本当に疲れたの」
私の言葉は, 本心だった. 私の体は, もう限界に達していた.
一歩の顔から, 血の気が引いた. 彼は, 私が全てを知っていることを悟ったようだった.
「あなたと聖穂姉さんが, いつから関係を持っていたのか. 私が倒れる前, 病院で何を話していたのか. 全て知っているわ」
私の声は, 静かだが, 鋼のように響いた. 一歩の体は, 硬直した.
「答えてよ, 一歩. 私の骨髄移植を拒否した理由も, ね」
私は, 彼の目を真っ直ぐに見つめた. 一歩は, 何も言えなかった.
彼の顔は, 真っ青だった.
「いいえ, あなたを責めるつもりはないわ. 私が悪かったのよ」
私は, 皮肉な笑みを浮かべた.
「私が, あなたを聖穂姉さんの元へ追いやったのよ. 私が, あなたを満足させられなかったから」
私の言葉に, 一歩は激しく動揺した.
「美心, 何を言っているんだ? 違う, 違うんだ! 」
彼は, 私に近づこうとした.
「私が持っているKIYOHOの株式も, 全て聖穂姉さんに譲渡するわ」
私の言葉に, 一歩は再び固まった.
「何を言っているんだ? 美心. その株は, 莫大な価値があるんだぞ! 」
彼は, 信じられないという顔で私を見た.
「ええ. 分かっているわ. 私は, 正気よ」
私は, 静かに言った.
私は窓の外に目を向けた. 花と聖穂姉さんが, 庭で楽しそうに遊んでいた.
「あなたたちには, 幸せになってほしい. だから, 私にできることは, これくらいしかない」
私の言葉は, 彼らへの最後の呪いだった.
話 3
広瀬美心 POV:
「この会社は, 広瀬美心社長が全てを投げ打って創業したものです. その彼女が, 全ての株式を広瀬聖穂氏に譲渡すると? 」
KIYOHOの本社, 重厚な役員室にざわめきが広がった. 噂は, すでに社員たちの間を駆け巡っていた.
私は, 聖穂姉さんと共に, この場に立っていた. 私の顔色は, きっと蝋人形のように青白かっただろう.
「ええ. 間違いありません」
私は, はっきりと答えた. 私の声は, 驚くほど冷静だった.
役員たちは, 互いに顔を見合わせた. 彼らは, 私の言葉を信じられないようだった.
「社長, 本当にそれでよろしいのですか? 」
古参の役員が, 私に問いかけた.
「ええ. 私は, 決意しました」
私は, 彼らの視線から逃げることなく, 真っ直ぐに答えた.
「そして, 私は聖穂姉さんを, KIYOHOの新たな社長に指名します」
私の言葉に, 聖穂姉さんの顔が, 一瞬にして輝いた.
「美心…! 」
彼女の声は, 感動に震えているようだった. だが, その瞳の奥には, 抑えきれない歓喜の光が宿っていた.
「聖穂姉さん, これからはあなたがこのブランドを牽引していくのよ. 私に代わって, ね」
私は, 聖穂姉さんに冷たい視線を向けた. 彼女の頬の笑みが, わずかに引きつった.
私は, 用意していた書類を聖穂姉さんの手に渡した. それは, 全ての株式譲渡契約書と, 社長交代の同意書だった.
彼女の手が, 震えていた.
会議が終わり, 私は聖穂姉さんに呼び止められた. 彼女は, 私の後を追って廊下に出てきた.
「美心, 本当にこんなことをして, 何を企んでいるの? 私には, あなたの気持ちが理解できないわ」
聖穂姉さんの声は, 不審と戸惑いが入り混じっていた.
「企む? 私が? 聖穂姉さん, あなたは私の全てを奪い取ろうとしたでしょう? 私は, ただあなたに, その欲望を叶えてあげただけよ」
私は, 皮肉な笑みを浮かべた.
「あなたは, このブランドが欲しかった. 一歩も欲しかった. そして, 私の命も」
私の言葉に, 聖穂姉さんの顔から血の気が引いた.
「美心, 何を言っているの? 私は, そんな…! 」
彼女は, 必死に否定しようとした.
「いいえ, 聖穂姉さん. あなたは, 全てを手に入れたわ. おめでとう」
私は, 彼女の言葉を遮った. 私の心は, 既に死んでいた.
「だが, 一つだけ, あなたにお願いがあるわ」
私は, 聖穂姉さんに向き直った. 彼女は, 警戒の眼差しで私を見つめた.
「花を大切にしてほしい. それだけよ」
私の言葉に, 聖穂姉さんの表情が, 一瞬にして凍りついた.
「花は, 私の娘よ. 私の全てだった」
私は, 静かに言った. 私の心は, 母親としての最後の願いを込めていた.
聖穂姉さんは, 何も言わなかった.
私は, 自分のオフィスに戻り, 私物を整理した. 机の上に置かれた, 花の絵.
それは, 花が初めて描いた私の絵だった.
「美心様…」
扉が開き, 長年私に仕えてきた老執事の田中が, 心配そうに私の顔を見た.
「田中, これをお願いできるかしら? 」
私は, 一つのUSBメモリを田中から受け取った.
「これは, 一体…? 」
田中の目に, 疑問の色が浮かんだ.
「私の, 復讐の証拠よ」
私は, 薄く微笑んだ.
「しかし, 美心様…これは…」
田中は, USBメモリを握りしめた. その手は, 震えていた.
「美心様は, ご自分の命を…」
「いいのよ, 田中. 私には, もう時間がない. だから, これで終わりにするの」
私は, 彼の言葉を遮った.
「美心様の, お嬢様への深い愛情は, 私もよく存じております. ですが, このような形で…」
田中の目から, 涙が溢れ落ちた.
「田中, 花を頼むわね. どうか, 彼女を幸せにしてあげて」
私の言葉に, 田中は深く頭を下げた.
その夜, 私は自宅の寝室で, 窓の外に広がる夜景を見ていた. 体調は, 最悪だった.
全身の骨が, まるで溶けていくかのような痛み. 呼吸をするたびに, 肺が軋む.
鏡に映る自分の顔は, 別人のようだった. 血の気のない肌, 窪んだ目.
私の時間は, 確実に終わりに近づいている.
明日は, 聖穂姉さんと一歩の婚約発表パーティー.
彼らが最も輝く日.
リビングには, パーティーのために飾り付けられた豪華な装飾品が, 眩いばかりに輝いていた.
聖穂姉さんは, まさに主役といった様子で, 中央に立っていた. 彼女は, 私のために作った, 特別なドレスを身につけていた.
「あら, 美心. 来たのね」
聖穂姉さんが, 私に気づいた. 彼女の顔には, 勝利の笑みが浮かんでいた.
その時, 玄関のドアが開き, 両親が入ってきた. 彼らの顔にもまた, 疲労の色が濃く表れているように見えた.
「美心, あなたも来ていたのね」
母は, 私を見るなり, 少し驚いたような顔をした. そして, 彼女の胸元には, 私が代々受け継いできたはずの, 祖母の形見のブローチが飾られていた.
「聖穂が, 美心からブローチを譲り受けたそうよ. 美心も, ようやく分別がついたわね」
母の言葉は, まるで私を褒めているようだった. だが, その裏には, 私への不満が隠されていた.
「そうだな, 美心. 聖穂を見習いなさい. 家庭を顧みず, 仕事ばかりしていては…」
父もまた, 母に同調した. その言葉は, まるで私の存在を否定するかのようだった.
彼らの言葉は, 私の心を深く抉った. 私の人生は, ずっと彼らの期待に応えようと必死だった.
だが, 私は一度たりとも, 彼らに認められたことはなかった.
私は, 彼らに背を向けた. 私の心は, 絶望の淵に沈んでいた.
パーティーが始まった. 上流社会の華やかな面々が, 会場を埋め尽くしていた.
「広瀬美心さんも, いらっしゃっているわね. 病気だと聞いていたけれど」
「ずいぶん痩せたわね. 少し悲惨な姿だわ」
人々のひそひそ話が, 私の耳に届いた. 彼らは, 私を好奇の目で見つめていた.
その時, 一歩が私の元へ歩み寄ってきた. 彼の顔には, 複雑な感情が浮かんでいた.
「美心, 本当に来てくれたんだな」
一歩の声は, どこか安堵しているようだった. 彼の目は, 私を真っ直ぐに見つめた.
「ええ. あなたたちを, 祝福するために」
私は, 薄く微笑んだ. 私の心は, 冷え切っていた.
一歩は何かを言おうとしたが, その言葉は聖穂姉さんに遮られた.
「美心, 来てくれてありがとう. 嬉しいわ」
聖穂姉さんが, 一歩の腕に抱きついた. 彼女の指には, 私が贈ったはずの, ダイヤモンドの婚約指輪が輝いていた.
そして, 彼女の胸元には, 母がつけていたはずの, 祖母の形見のブローチが.
「一歩さん. 私, 本当に幸せよ」
聖穂姉さんは, 一歩に甘えた声で言った.
「聖穂. 私もだ」
一歩は, 聖穂姉さんの肩を抱き寄せた.
彼らは, 壇上に上がり, 挨拶を始めた.
「私は, 美心に心から感謝しています. 彼女がいなければ, 今のKIYOHOは存在しなかったでしょう」
一歩の言葉は, 完璧な偽善だった. 私は, 無言でグラスを掲げた.
「美心, 本当にありがとう. あなたは, 私の人生の恩人よ」
聖穂姉さんは, 涙声で言った. 彼女の目には, 偽りの涙が浮かんでいた.
私の心は, 冷たい氷でできたかのように, 麻木していた.