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秋も終わりに近付いた日の朝、 夜明けが夜の闇を追うにつれ、太陽はひんやりとした空気を暖めていく。

まだ夜も明けきらぬ頃、ルオ家の地下室にある石油ランプに光が灯った。 その光の大半を遮り、ゼン・ルオという若い男がテーブルの前に姿勢よく座って、 静かに糸で綴じられた使い古された本を取り出した。

ゼン・ルオは、17歳になったばかりの痩せた、平均的な見た目の男だったが、 円熟した人間味を感じさせる何かを持っていた。 柔らかな見た目とは対照的に、その目は燦然とし、石油ランプの薄暗い光の中でさえ、魅力的に輝いていた。

「天論憲問を読み終わるのに1ヶ月も掛かった。  その論点は大体的を得ていて、とても勉強になったが、どうもその本が言う、仇を恩で報いるだけは、どうしても納得が行かない」と、石油ランプの中の、丁度豆くらいの大きさの炎を見つめながら呟き、 その顔にはもの悲しさが広がっていた。 「もし父さんがこの言葉を信じるほどのお人よしでなかったら、氏族の直系の子孫である僕もこのようにはならなかっただろう、そして父もまだ生きていたはず…」

「ガチャ」という地下室のドアのロックが解除される音で現実に引き戻されると、 ゼンは、自分に纏っていた憂鬱を隠し、代わりに厳粛な表情に変え、 それから、石油ランプを吹き消し、ぼろぼろの綿のキルトで身を覆った。

地下室のドアが開き、足音が近付き始め、 男が前に現れてゼンのベッドを踏みつけた後、「まだ寝てるのか? まだルオ家の若様気取りしてんのか?とっとと起きやがれ!」 と、金切り声で叫んだ。

その男はルオ家の執事で、 卑劣な顔をしていた。 額のイボが、人々の嫌悪感を掻き立てたのだ。

ゼンは上半身を起こし、わざと目をこすって、 キルトを押しのけてから、向きを変えて足を地面に付けた。 そして、静かに服を着替え、靴下と靴に足をを滑らせた。 それらの服は摩耗していたが、元々几帳面な性格だったゼンはできる限りの手入れ を怠らなかった。

執事の男はその様子を批判のこもった目であきれ返って眺め、手を振って合図を送った。 すると、何人かの男がゼンを取り囲み、無理矢理厚い革の鎧と手枷足枷を付けた。

それが終わると、ゼンは地下室を出てルオ家の武道館に向かう使用人達の後を歩いた。

ルオ家は数百の鉱山と数百万エーカーの肥沃な土地を所有していて、 C郡では大きく強力な一族として知られていた。

しかし、数え切れないほどの裕福な家族を含む数千の郡都市がある東部地域ではルオ家も一無名氏族にすぎなかった。

ゼンは何人かの男に付き添われながら暗い地下室から這い出た。 これがお馴染みの毎日の儀式だ。 武道館へ行くには、多数の東屋、橋や回廊を超えて行かなければならない。

武道館はひらけていて、 ルオ家の子供たちが修行に来る場所だった。 その入り口は雄ライオンと雌ライオンの白い大理石の彫刻で飾られていて、 地面は大きな黒い玄武岩の一枚板でできていた。 建物の入り口に立つだけで、中から発せられる力を感じることができる。

武道館の真ん中では、何十人ものルオ家の子供たちが先生の指導の下で武道の特訓を受けており、 皆揃いの灰色のローブを着ていた。

輪になっている子供たちの間で、掛け声が何度も何度も響いた。

この子供たちは皆10代程度の若さでありながら、家族の中で地位を獲得するために、皆熱心に勉強し、 武道にも励まなくてはならなかった。

この晩秋の日、道場に訪れる骨の髄を刺すような冷たい風に吹き晒されていた にもかかわらず、訓練中の子供たちは額に汗をかき、 更にその頭の周りに漂う熱気を冷たい風と接触され、蒸し暑い白い霧を頭頂に纏わせる者までいる。

武道館の反対側には、ゼンと同じように革の鎧と手枷足枷を身に着けた十数人の男性が立っていて、 皆一様に意気消沈して全身に出血や怪我を負っていた。

ゼンは武道ホールに案内されると、 用心棒どもに負傷した男の中に入れられた。

これらの男のほとんどは地元の刑務所からルオ家によって買いだされた死刑囚であり、事実上ルオ家の奴隷だった。 これらの奴隷は、ルオ家の子供たちが鍛えるための、訓練を実戦に移す時の生きたサンドバッグとしてこき使われている。 子供たちは、これらの奴隷をまさしくサンドバッグのように好き勝手に攻撃することができるので、 その暴行によって、殺されたり、廃疾者にされた奴隷は後を絶たず、 今となっては、道場で命を落とした人の数を数えることさえ不可能だった。

ゼンは死刑囚ではなく、一族に買収されたわけでもなかった。 元々、彼はルオ家の嫡流長男であり、 一族のものに若様と呼ばれるような気高き存在だった。 その高貴なご身分から、従兄弟からは会うたびに辞儀されるように敬われ、 叔父叔母といった家族の年長者でさえ彼には礼儀正しかった。

しかし、2年前にC郡で悲劇が起こり、 ルオ家当主であったゼンの父は、兄弟の手によって毒殺され、 その場で亡くなった。

その直後、ルオ家は他の3つの分家により支配された だけでなく、 ゼンの父親を反逆罪に問う訴訟まで起こした。 主を失ったゼンの家族は勝訴することができず、ついに宗家はすべての力を失ってしまった。

若様と呼ばれたゼンも無事でいられるはずもなく、父と同様に反逆者と呼ばれ、ルオ家の奴隷にされ、 今や道具に成り下がり、武道の練習の一環として、ルオ家の子供たちの気の向くままに殴られていた。

奴隷にされたこの二年間、ゼンが 耐えた拳と侮辱は数え切れなかった。

「今日の打ち合いの練習はこれで終わり。 さあ皆さん、次の練習のために奴隷を選びましょう! 生の人体を叩くことによって、身に着けた戦闘スキルへの理解を深め、人体の弱点や実際の身体の構造に慣れることができます!」

先生が話し終えた後、子供たちは奴隷を選び始め、 間もなく、奴隷たちの命乞いをする声が道場に響き渡った。 ルオ家の子供たちは奴隷を人間としてではなく肉のように打てと訓練されていたので、 殴る時はためらいも容赦もなかった。

そして彼らの多くは我先にゼンを見つけようとした。 なぜなら元嫡流の若様をボコボコに打ち負かすという行為は、大きな達成感を得られるからだ!

サンドバッグとして使用されながらも、ゼンは落ち着いて急所を突かせなかった。 何せ二年もやられてきて、今ではだいぶ相手の動きに慣れているのだ。

やがて、武道館の入り口から、 きれいな服を着た若い男に連れられた新参者数人がやって来た。

「若旦那がいらしたぞ!」

「若旦那、やっと練習を終えられたのですか? いやぁ、実にすっきりしたお顔をされてますな。 また更にお強くなられたに違いありません!」

「多才なルオ家の血筋からお生まれになった 聡明でいらっしゃる若旦那のことですから、 きっとどんどん強くなられて、もう凡人の域は遥かに超えていらっしゃるに違いございやせん!」

若旦那が道場にいるのに気が付いた子供たちも練習をやめ、おべっかを使い始め、 わざわざ近付いて行って、へこへこと歯の浮くような賞賛を浴びせる者もいた。 その場にいた誰もが若旦那に媚びへつらいたいのは明らかだった。

ゼンの目はその若い男に向けられ、その目には静かな怒りが立ち上っていた。 ルオ家の子供たちから若旦那と呼ばれている若い男は、ペリン・ルオ。 彼はゼンの父親が長弟即ち今のルオ家当主の長男で、 ゼンとは同い年である。

奴隷に追いやられたゼンの代わりに、ペリンがルオ家の嫡男に成り上がったわけだ。

ゼンは、ペリンが少し前に修行のために長い間姿を消し、人里離れた場所に滞在していたと伝え聞いて いた。 そのかいあって、かなり強くなって戻ってきたようだ。

さすが武道家なだけあって、ペリンいとこの憎しみに満ちた視線を敏感に感じ、ゼンの方を向き、 そして、彼に向かってまっすぐ歩いて行き笑いながら、「ゼン、私は結構長い間修行していたつもりだが、 まさかまたお前のが生きている姿が見られるとは、思ってもいなかった」と、言った。

「お気遣いどうも。 どうやらまだ死に時じゃないようでな」 ゼンはくぐもった声で答えた。

「おい!若旦那に向かって その口の利き方はなんだ! 口を慎め!」

「お前はここではただの奴隷だ。ひざまずけ! すぐに地面にひれ伏して、若旦那に謝罪しろ。さもなければ、生きていることを後悔するさせてやる」

ルオ家の子供たちは、口をそろえ、ゼンが彼らに非常に許されないことをしたかの如く叫んだ。

ゼンは冷めた目でに周りを見回した。 ここにいる人々は、少し前まで彼の前で小さな犬のようにしっぽを振り、 若様だった彼への恐怖心から、あまり大きく息をすることさえできなかった。 だが、ひとたび力を失うと彼らの態度は 一夜にして豹変し、 今となっては、すっかりペリン・ルオの犬になっていたのだ。

ペリンは手を上げて、彼を必死に庇うのに奮起したルオ家の子供たちを制止し、 意気揚々と笑顔でゼンに話しかけた。「ゼン、なぜ俺が修行に出かけたのか分かるか?」

ゼンは無言を貫き、 ペリンを無表情に見た。

2

「ルオ家には2つの秘伝の魔法薬があることを知ってるだろ? そして、少し前に俺はその1つ目を飲んだんだ」 ペリンは自慢げに言った。「この薬マジですげぇんだって。 純粋な魔法の力は俺の肉体を強化し、筋肉精錬の境地から骨精錬の境地へと進化させたんだ。 薬がたった10分の1効果を発揮しただけでそれだと! 残りも俺の身体の中で、俺の肉体を無限に強化し続けてくれるんだ。 臓器精錬の境地に到達するまであとほんのちょっとらしいから、骨髄精錬の境地もすぐそこってとこだ!」

ゼンはペリンの話を聞いて歯を食いしばった。 2つの秘伝の魔法薬は、ルオ家の最も貴重な宝物で、 ゼンの先祖が残した聖なる魔法薬だった。 家族の中でもほんの一握りの者だけが知っている神聖な場所に厳重に保管されており、 ほとんどの人は魔法薬を使用することはもちろん、見ることさえ許されていなかったのだ。

古い教義によると、16歳より前に骨精錬の境地に達した者だけに魔法薬を使用する資格があるという。

体の精錬には、肌精錬の境地から始まる5段階があり、 肌精錬を習得したものだけが、2番目の筋肉精錬に移行することができ、 骨の精錬はその次の第3境地で、 最後の2つの境地は、臓器の精錬と骨髄の精錬である。 5つの境地はそれぞれ異なり、大抵の人は一つの境地を習得するのに何十年もの修練の時を要するだろう。

なので、もし30歳になる前に第三の境地に達したのならば、それは奇跡とも言えるし、 ルオ一族全体もその才能を認めるだろう。

さっきも言ったように、教義によると、16歳になる前に第三の境地に達した者だけが魔法薬を使用する資格を有するという。

16歳未満で骨精錬の境地に達せたなら、それは間違いなく超人で、 それもC郡全域にわたり数百年もの歳月を経てやっと誕生した、たった一人のスーパー超人といえるだろう。 それが、過去300年間ルオ家の秘伝魔法薬が使用されていなかった理由でもある。

父親の生前、ゼンは有望な子供として認識されており、

14歳の若さで、第二の境地、筋肉精錬の極致にも達した 彼の才能と努力はC郡の王からも、 ゼンはルオ一族の繁栄希望であり、神に恵まれた者、そして天才の中の天才であると讃えられた。

しかし、そのような大事な時期に、お家騒動に苦しみ、遂には父親も兄弟に殺されてしまった ゼンは奴隷にされ、囚人と、サンドバッグになり、 鍛錬をすることも許されず、魔法薬を服用する機会も失った。

一方ペリンはごく普通で、とびぬけた才能など皆無だった。 ちょうど16歳で筋肉精錬の境地に達したのが精々で、 魔法薬を使用する資格が無かったはずの彼はそれでも教義を破ってまで薬を使ってしまったのだ。

当然ゼンの物になるはずだったこの魔法薬は こうして不意にこの才能のない阿保に奪われてしまった。 落ち着いて家族の運命を受け入れるのに2年も掛かったゼンだが、ぺリンに挑発された今、その心は平穏では無く、 今にも怒りを抑えられなそうになっていた。 「ペリン・ルオ、この卑劣野郎が! 先祖の教義を無視して、許可なく聖薬を服用するとは!」

「まあ、お前は隙間を這いまわる虫と同じくらいどうでも良い存在だ。 何の役にも立たない! でも俺は違う、俺はもう骨精錬の極致に達したんだ。 500キロのものでも片手で持てるんだぜ! つまり奴隷のお前を 片手で潰せるんだからな。 今日はな、練習を終えた自分への慰労のために、サンドバッグを探しに来たってわけ!」 ペリンは、ゼンの言葉は無視し、適当に誰かを指さした。 「よしお前に決めた!」

彼はゼンではなく、代わりに一人の中年男を選んだ。 男はペリンが自分を指さしているのを見て震え、 かなりの損傷に耐え得る厚い革の鎧を着てはいたが、命の危険を感じてならないのだ。 すでに骨精錬の境地に達したペリンを相手に、もはや鎧は意味をなさないだろうと思い、 男はただ震えながら失禁した。

ぺリンは深呼吸をし、両手で拳を握りしめ、 ルオ家に伝わる「シタン拳」の独特な姿勢を取り、 身体を覆う紫色の光を放出させ、内なる力を最大限に見せつけた。

「い… 命だけは… 若旦那様! お慈悲を!」 ぺリンの勢いを見て、その拳で叩き潰されたら自分は死ぬだろうと思い、 奴隷は必死の表情を見せ、 憐れみを求めてうめき声を上げ続けながら、ついにひざまずいた。

「バーン!」

ペリンは奴隷の懇願に耳を貸さず、 その胸に拳をぶち込んだ。 すると革の鎧は一瞬でバラバラに引き裂かれ、 男は道場の壁にぶつかった衝撃で跳ね返り、 そして、屍となって鈍い音を立てながら地面に落ちた。

たったの一撃で奴隷は死んだ。

「なんて強力な拳! 若旦那様! ルオ家の若者の中で、あなたほど強い人はいないでしょう」

「我らが若旦那様が居ればルオ家の繁栄は約束されたようなもの!一族はきっとますます繫栄するでしょう」

感動し、恐れを抱きながら、子供たちは若旦那を崇め奉った。

ペリンはこのパンチの効果に非常に満足しながら、 振り返ってゼンを悪意のこもった眼差しで見た。

ゼンは後退した。 中年の男よりもはるかに強かったとはいえ、ペリンの一撃ではひとたまりも無かったであろう。

ペリンは笑いながら手を差し伸べ、ゼンの肩を2回激しく叩いた。 「まあ、落ち着けよ。そんなにすぐには殺さないから。 この俺、ペリン・ルオがお前などよりはるかに強いことを知らしめてやるのさ」

ペリンは話すのをやめ、立ち去ろうとしたが、 ちょうどその時、何かを思い出して振り返り、「あ、あと一つ。 あの天才の従妹が、今星雲宗でうまくやれてないようで、しかもちょっと影響力のあるやつを怒らせたらしくてな、 罰としてもう煉獄の山に送られたそうだ。 臓器精錬の境地に達したら彼女を救けに行ってくるよ。ハハハ…」

それを聞いた途端、ゼンの胸は苦しくなり、心臓が早鐘を打った。

3

没落して奴隷になったり、ルオ家の子供たちのサンドバッグにされたり、魔法薬をぺリンに奪われたりしたことなどは、もはや重要ではなかった。

しかしその妹、ヤン・ルオがまさに彼の最大の弱点である。

ヤンは、ルオ家元嫡流の唯一の希望だった。 類まれな才能を見染められた彼女は、青雲宗に弟子として選ばれ、13歳で家を出た。 そうしてルオ家のお家騒動から生き延びたのも、ヤンただ一人だったのだ。

過去の2年間、奴隷という身分のせいで、ゼンは妹の居場所について何も知ることができずにいたが、 ペリンがヤンの近況について言及したので、ゼンは彼女が無事でいるのか不安で仕方なかった。

妹のことで思案に暮れていたゼンは隙だらけで、ルオ家の子供たちから何発もの重いパンチを受けていて、 何度も打ち負かされた後、やっと正気に戻った。

やがて夕方になり、耐え難いほどの痛みに襲われた彼は、 足を引きずりながら地下室に戻った。

「これでも飲んでおけ!」 執事は、去り際にゼンに薬を投げつけた。

結局のところ、人間サンドバッグは鋼製ではないから、 創傷治癒薬を服用しなければ、彼らは数日後に身体内部の損傷で死ぬだろう。 そのため、執事は奴隷どもに薬を配布し、できるだけ早く回復させるよう手助けをしたのだ。

とはいえ、これらの治療薬の効き目には限りがあった。

ゼンは紙袋を開けると、中に錠剤が1つしかないのを見て驚いて、 「ダレン・ファン! なぜ薬が1つしか入っていないんだ?」 と尋ねた。

「薬があるだけでもありがたく思え! それとも何か? まさか、足りないとでもいうんじゃないだろうな?」 と執事は嘲るような笑みを顔に浮かべた。

「毎日治癒薬を各奴隷に3錠配布するのが規則だろうが。 だが、僕の分は1錠しか入っていない。 お前絶対薬を着服してんだろ! これはルオ家では重罪だと知っときながら よくもそんなことができたな?ダレン・ファン! 死を恐れていないのか?」 ダレン・ファングに目を向けると、ゼンは叫んだ。

「そりゃあ、 死ぬのは怖いが、お前のことなどこれっぽちも怖くないさ。 ただの奴隷だからな。 奴隷に何ができるって言うんだ? 謀反でも起こす? だいたい、前からお前の態度が気に食わないんだよ! まだ若様気どりか? 鏡を見て、現実を思い出せよ! ギャハハハ!」 ダレンは常日頃からゼンを嫌っていて、この機を逃すものかと元若様を侮辱した。

執事から侮辱を受け、 ゼンは怒るどころか、逆に冷静になった。 怒りに任せるのではなく、澄んだ目、揺るぎないまなざし、そして無表情な顔を通してその憎しみを伝えるつもりでいた。

その構えが効果をなしたようで、ダレンはゼンの反応を不快に感じながらも、 その目に火が舞っているのに気付き、恐れをなした。 だが、彼は後ずさりする代わりに、ゼンに近づき、彼の胸を小突いた。「なんだその目は! 喧嘩を売ってんのか? まともに戦ってもおめえに勝ち目なんてねえんだよ!」

しかし次の瞬間、ゼンが胸から突然放った強烈な力 による波動に襲われた、さっきまでドヤ顔をしていたダレンは体が震え、 膝も崩れ、よろめきながら地面に倒れた。

「こ… この… 奴隷の分際で、 俺に歯向かうってのか!」 立ち上がったダレンは、威厳を保つように威張るも、 そのパニックに陥った表情は彼の怯えた本心を丸出しにしていた。

ゼンは2歩前に出て、手の指をバキバキ鳴らしながら、「ルオ家の血筋でもない執事ごときも、僕に向かってそんな口が利けたのか。 本当にお前を倒せないとでも思ってるのか?」

ダレンはもはやこの場に留まりたくなかったので、 向きを変え、一目散に逃げだし、 そしてゼンを睨みつけながら地下室の鉄の門がガチャをガチャと閉めた。

「弱い犬ほど よく吠えるもんだな!」 ゼンは首を横に振ると嘲笑し、 執事の相手をするのは時間の無駄だと思った。

彼は静かに腰を下ろし、着火剤を取り出して石油ランプに点火し、適当に本を数ページめくったが、 妹のヤンとぺリンが言ったことばかり考えてしまい、 居ても立ってもいられず、集中できずにイライラした。

「もうこれ以上ここに留まることはできない」 そう思いながら、自分の窮地について考え、眉をひそめた。 「やっと筋肉精錬の境地に達したところの僕が、 ヤンを救うために青雲宗に行くどころか、この地下室を離れることでさえ困難だ」

そう思うとゼンの胸は締め付けられ、心拍は速くなっていき、 まるで、逃げ道を見つけようとしている落ち着きのない獣のように 小さな地下室の中を行ったり来たりしていた。

この2年間で、運命を受け入れるしかないことに気付かされ、 もう、別の選択肢を考える気力も無かった。 時が経つにつれ、自分の才能と自信まで奪われてしまったように感じていたからだ。

最終的にそれは、完全な自己不信につながった。 「今の僕はただの奴隷だ。 ルオ家の子供たちのサンドバッグになることを余儀なくされたせいでここ二年体はよくなる一方だし、 しかも地下室に戻った後怪我のせいで練習もできないし。 このままここに居れば、遅かれ早かれあのガキどもに殺されてしまう。 なにか思い切った手を打たなければ」 ゼンは部屋の中央に突っ立って、自分の置かれている状況を理論的に考えていた。

しかし考えれば考えるほど、不安だけが強まり、 そして、あの「天論憲問」というつまらない本が静かに横たわっているテーブルの方に視線を向けた。

「正論とか綺麗事ばっか述べやがって、このゴミ本が! こんなゴミに従って生きてきた僕も、父も、みんな失敗した。 こんなもの読んでも 意味がない」 怒りと無力感に苛まれて、 足を踏み鳴らしながらテーブルに向かって歩いて行くと、ゼンは乱暴に本をつかみ、それを燃やそうとランプの上に差しかざした。

すると炎に包まれた本を見ながらゼンは笑っていた。

しばらくして、彼はまた本を燃やしたことを後悔し、絶望して囁いた。 「おい、ゼン、どうして本に八つ当たりしたんだ? ただ人に常に善であるべきだと教え、 世の理を示し、恥ずべきことを知らせてくれたこの本に、なんの罪があるってんだ! 本当に罪があるのは、己の逆境を本のせいにして、 ただ他人の意のままに翻弄される何の力もねえ、抵抗もしねえてめえの方だ!」

だが残念なことに、本はすでに灰の山と化していた。

突然、灰から金色に閃く一筋の光が見えて、 ゼンはしばらくの間、唖然とした。

「なんだこれ?」

禅は灰をかき分け、光を発した小さな金片を拾い、 このいきなり出てくる薄い金箔をまじまじと見た。

本を読んでいた時には、この金箔はどこにも見当たらなかったから、 おそらく本の内層に隠されていたのだろう。

たかが金箔一枚に何ができるだろう。

ルオ家のような豪族にとっては、金は粘土と同じくらい無価値なものにすぎないのだ。

しかし、ゼンが金に焦点を合わせたその時、突然奇妙な幻影が現れた!

金箔には、おたまじゃくしのような形をした無数の文字が刻まれていたが、 ゼンにはそれが何を意味しているのか分からなかった。

それでも、文字を一つ一つ目で追っていると、突然手の中で金箔が粉々に砕け散り、 するとそれぞれに文字が刻まれた何千もの小さな金箔のかけらが、彼に向かって一斉に飛んで来た。

そのかけらが向かう先は顔、目、首、腕、胴体、脚…

そうして、ゼンの身体のすべての部位は、その小さな金箔のかけらで覆われてしまっていた。

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