話 2
腕時計をちらりと見る。
午前9時30分。
「お客さま、携帯電話の電源をお切りくださいませ。 飛行機はまもなく離陸致します」客室乗務員は、天使のような声で促した。
「はい、今すぐ」 申し訳なさそうに答えた。
うなずいて、乗務員は歩き去った。
「ママ、もう電話切らないと。 乗務員に2回も注意されたの」
「わかった、わかった! もう切るわね。 あと数時間で帰ってくるんですもの。 到着したら、空港の外で待っていますよ!」 ママの声から、興奮しているのがわかる。 すると突然、ホームシックに襲われた。 だって、もう2年も会っていないんだもの。
「その子と馴れ馴れしくしないように」と、後ろでパパが叫ぶ。
頭を振って、私は笑い声をあげた。 「では、 空港で会いましょう」
「愛してるよ!」 パパとママが声をそろえた。
「私もよ!」
ため息をついて、窓の外に視線を移すと、 別の飛行機が滑走路を離陸し、ちょうど空高く飛んでいくのが見えた。 それを見るのは、昔から大好き。 自分が離陸するときには、ひっくり返らないよう、いつも苦労するのだけれど。
そばで人が倒れて、思わず振り向いた。 苦しそうに、彼はシートにもたれた。
「お腹の調子はどう?」 と聞くと、額に汗をかき、頬も赤らんでいた。
「良くないよ。 ゆうべ、残りもののマカロニなんか食べなきゃよかった。 神よ! 誓います! もう二度と残りものには手をつけません」 彼は声を絞り出した。
かわいそうなやつ! こんな状況なのに、一緒に実家に来るなんて。
「ごめんね、ワーナー。 辛いのに、付き合わせちゃって。 やっぱり、残っているべきだったわね?」
すると、少年のような笑顔を浮かべた。 「そんなこと言うなよ。 今朝体調が悪いのをわかってて、一緒に来ることにしたんだから」
「一緒に来てと頼んだのは、私の方だし」罪悪感に苛まれた。
「冗談はよせよ。 君のためなら、何だってできるよ。 ほんの少し具合が悪い旅だけど、 もう薬も飲んだし、 今日中におさまるさ」 彼は私の手を握り、指を絡ませる。
私は、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「愛してるよ」私の目を見つめて言った。
笑顔が消えそうになるのを何とかしのいで、彼の手を握り返す。 ちょうど乗客にシートベルトを促すアナウンスがあり、気まずい思いをせずに済んだ。
私たちは、付き合い始めてもう6ヶ月。 大学に入学してから知り合いになり、 すぐに親友になったわ。 私は、誰と付き合っても1週間以上続かなくて、誰かと関係を築くことはできないと思っていたの。 でも、ワーナーが友人の集まりに誘ってきたときは、断れなかった。
彼は、女の子が理想とする彼氏の条件をすべて満たしている。 つまり、ハンサムで知的、謙虚なうえに正直。 そして、一番大切なのは、私のことをよく理解してくれている。 そういうわけで、彼と知り合ってから、かれこれ3年が経った。 だから交際を申し込まれて、イエスと答えたの。
でも、たとえワーナーが何千回、愛を告白してくれても、私から気持ちを伝えることは、どうしてもできない。 彼のことは嫌いじゃない。好意を抱いているし、 素晴らしい人よ。 ただ、深い愛情を抱くには、もう少し時間が必要なんだと思う。 だから、今はその日が来るのを待っているの。
「お客さま、コーヒーはいかがですか?」 その声で、現実に戻った。
話 3
「お茶はありますか?」
***
4時間半という長いフライトの後、ようやくカリフォルニアに到着すると、両親は待ち合わせの場所で待っていた。 「おかえり」と書かれたプラカードを掲げて、ママは会うなり、いつにもまして私を熱烈に抱きしめた。パパの方は、やっと帰ってきたことに安心している。 今回は、たった2週間の帰省だけど。
高校進学のため、ニューヨークに越すと決心した日から今まで、パパは私のことをずっと心配してくれたし、 ママも気を揉んでいた。 確かに、遠く離れて暮らすことは、簡単なことではなかったけど、この町で暮らす方が、私にとっては辛かった。
傷ついた心を癒すには、時間が必要だった。 それに、距離も。 あの夜の記憶が蘇るたび、心を閉ざし、記憶の奥に葬り去った。 この7年間、ずっとそう過ごしてきた。
そうして、前を向いて進んできた。
「おかえり!かわいいお嬢ちゃん」 敷居に足を踏み入れるなり、兄のトビアスが、骨が折れそうになるくらい、ぎゅっと抱きしめた。 「おや! 大人っぽくなったなあ!」と兄が言った。
その言葉に呆れて、兄を見ている。 「2ヶ月前に会ったばかりじゃない」
「そうだな。でも会いたくて仕方がなかったから、ずいぶん長い間会っていないように感じるよ」懐かしさで目を潤ませながら、兄は答えた。
私はにっこりした。 出張でニューヨークに来ると必ず、会いに来てくれたけれど、 私も、ずっと会いたいと思っていた。
「私は別に会いたくないわよ」 と、生真面目な表情を装って彼をからかった。
兄はくすくす笑いながら、青ざめた顔で10分おきにトイレを往復するワーナーに目を向けた。 ワーナーは、今にも気絶しそう。 父と握手をする前にトイレに駆け込むことになってしまい、とてもバツの悪い顔をしている。
これこそ、両親に印象づける方法!
両親との顔合わせがうまくいくように、と願っていたけど、 もうパパは、ワーナーをこれ以上嫌いになれないわ。
「ワーナーは、あまりにもいい人すぎる」と、パパは電話で言っていたっけ。 どういうわけか、パパは私が交際していると言っても、賛成してくれなかった。
「やあ、ワーナー! お会いできて嬉しいよ!」 トビアスがワーナーに横から抱きついた。 「君、大丈夫? 具合悪そうだね」
「たいしたことないです、ちょっとお腹の調子が悪いだけで。 お兄さんにお会いできて光栄です」 突然、何者かがワーナーの腸にパンチを入れたかのように、表情がねじれた。 「ええと、すみません…」
「右に行って、そのまま真っすぐ。最初のドアです。 ゲストルームを使ってください」パパは不機嫌そうに教えた。
「ありがとうございます」と言って、彼は走っていった。
私はため息をついた。
事情を、パパに説明しなくては。 ワーナーは、まだパパの口調に気づいてないけれど、すぐ気づくだろう。
「お気の毒ね」とママはぽつりと言って、さりげなくパパに責めるような視線を送ったが、パパは無視して部屋に入っていった。 ママはかぶりを振って、私の目を見つめた。 「エミー、お部屋に上がって休んできたら。 ママ、何かさっと作るわね」
私がうなずくと、ママは、パパの後に続いた。 間違いなく、パパの意見を聞くつもりだ。
階段を上がるとき、トビアスが私の肩に手をかけた。 「それで? あの彼と続けるつもり?」