話 1
異世界で百回以上, 愛を求めて輪廻を繰り返した. しかし, 婚約者も, 幼馴染も, 実の息子さえも, いつも「沙織璃」という女に奪われ続けた.
任務失敗とシステムに「抹殺」を宣告された瞬間, 奇跡的に生き延びた私は, 新たな取引を提案される.
「攻略対象に殺されれば, 元の世界に帰還できます」
もう愛なんていらない. 私はただ, 死んで家族の元へ帰りたかった.
だから, 元婚約者の正幸に「私を殺して」と懇願した. しかし彼は, 冷たく私を突き放すだけ.
「死ぬなら, せめて俺の目の届かない場所で死んでくれ」
なぜ, 死ぬことすらこんなに難しいの? 絶望の中, 私は沙織璃の秘密を使い, 彼女を巻き込んだ完璧な「死」を計画する.
崖から身を投げ, すべてが終わるはずだった. しかし, 再び目を開けた私は, 元の世界で涙を流す母と再会し, 頭の中には冷たい機械音が響いていた. 「攻略成功. 全ての対象の好感度が最高値に達しました」
第1章
広瀬結歌穂 POV:
私の体は, 芯まで冷え切っていた. まるで冷蔵庫に閉じ込められた魚のように, 感覚が麻痺し, 指先から足の先まで, 全てが凍り付いているようだった.
隣の部屋からは, 楽しそうな笑い声が聞こえる.
幸せな家族の団欒だ.
長谷部正幸, 大城沙織璃, そして彼らの幼い子供.
完璧な絵画のような光景だった.
正幸は私の元婚約者だ.
沙織璃は, 私から全てを奪った女.
そして子供は, 私がお腹を痛めて産んだはずの, 私の息子.
私は, もう彼らにとって何の価値もない. 邪魔者でしかない.
心臓が, 氷の刃で深くえぐられるような痛みを感じた.
その痛みは, 徐々に私の全身を支配していく.
この結末は, ずっと分かっていたことだ.
予感は, いつも私の側にあった.
突然, 頭の中に冷たく, 機械的な声が響いた.
「任務失敗を確認しました. 」
その声は, 感情を一切含まない.
「広瀬結歌穂, あなたは抹殺されます. 」
抹殺.
私の心臓は, さらに深くえぐられたような気がした.
ああ, 私の元の世界.
あそこには, 愛する家族がいた. 温かい食卓があり, 優しい両親がいた.
私は植物状態になったはずだ.
その時に, このシステムと出会った.
システムは私に取引を持ちかけた.
「別世界で『愛』を得る任務を達成すれば, 元の世界に戻れます. 」
私は迷わず, その取引に応じた.
生きるために. 家族の元へ帰るために.
私は, この異次元の世界で何十, 何百もの人生を歩んできた.
様々な男たちを愛し, 愛された.
しかし, いつも, 大城沙織璃という女が現れると, 全てが変わった.
彼女は, まるで私の人生を破壊するために存在しているかのようだった.
何度やり直しても, 彼女は現れ, 私の愛を, 私の全てを奪い去った.
もう, 疲れた.
絶望が, 私の全身を包み込む.
私は, ただ諦めたかった.
豪華なホテルのスイートルーム.
私は, ここで静かに死を待つつもりだった.
こんなにも広くて, 美しい部屋.
私は, この世界ではとんでもない大富豪だった.
システムが, 私のために用意してくれた「攻略対象」は, いつも社会的に成功した男性ばかりだったから.
彼らを「攻略」するために, 莫大な富が用意された.
一体, いくら使ったのだろう.
この莫大な富が, 私を元の世界に連れ戻すための道具だったということが, 今となっては滑稽に思える.
愚かだった.
あまりにも, 馬鹿げたゲームだ.
私は何のために, これほどまでに苦しんだのだろう.
頬を, 温かいものが伝った.
涙だ.
胸が, 締め付けられるように痛い.
なのに, 死は, 訪れない.
私は, まだ生きている.
なぜ?
「システムよ, どういうことだ? 」
私は, 頭の中の冷たい声に問いかけた.
話 2
広瀬結歌穂 POV:
「ザ... ザザッ... 」
システムは, 少しの間, 雑音を立てた後, 再び冷たい声で答えた.
「システムエラー. 任務失敗にもかかわらず, あなたの生命維持は継続されています. 」
「なぜだ? 」
「原因不明です. しかし, まだチャンスはあります. 広瀬結歌穂, もう一度, 任務に挑戦しますか? 」
システムの言葉は, どこか諦めにも似た響きがあった.
「今回の失敗は, あなた一人だけの責任ではありません. システムも, あなたを完全にサポートできなかったことを悔いています. 」
システムの言葉に, 私は胸がきしむような痛みを感じた.
システムは, 私にとって唯一の味方だったから.
「もう, 無理だ…」
私は, 天井を見上げて呟いた.
「愛なんて, 虚しいだけだ. 」
「私を愛した男たちは, 結局, 沙織璃の元へ去っていった. 愛し, 愛され, その過程で心も体も削られ, それでも足掻いてきた. 」
「もう, 疲れたんだ. 私には, 愛など必要ない. 」
システムは沈黙した.
どれくらいの時間が経っただろうか.
再び, 機械的な声が響いた.
「新たな取引を提案します. 」
「もし, あなたが, この世界の『攻略対象』の誰かに殺されることができれば, 元の世界へ帰還できます. 」
「何を... ? 」
私の心臓が, 跳ね上がった.
殺される?
私は, 元の世界に帰りたい.
家族と再会したい.
そして, 静かに, 安らかに眠りたい.
そのためなら, 喜んで死を受け入れよう.
私は, どうすれば殺されることができるかを考え始めた.
その時, ホテルのドアが勢いよく開いた.
長谷部正幸が, 怒りに顔を歪ませて立っていた.
「こんなところで何をしている! 」
彼は部屋の中を鋭い目で見回し, 何かを探しているようだった.
クローゼットの中, ベッドの下, バスルーム.
どこにも, 彼が探しているものはなかったのか, 彼は深く息を吐いた.
しかし, 彼の顔から緊張が消えることはない.
「二度と, 私に恥をかかせないでくれ. 」
正幸は, 私を睨みつけた.
彼の目は, 私を軽蔑しているようだった.
「今回の提携は, 長谷部グループにとって極めて重要だ. もし, お前が少しでも邪魔をすれば, この手でお前を殺す. 」
「相手は, あの権威ある広瀬財閥だぞ. 分かっているな? 」
彼の冷たい眼差しに, 私は思わず笑ってしまった.
話 3
広瀬結歌穂 POV:
長谷部正幸と沙織璃, そして子供が, 幸せそうに食卓を囲む光景が目に焼き付いている.
「お前は, いつもそうだ. 自分のことしか考えていない. 」
正幸の声が, 私の耳に突き刺さった.
もう, これ以上聞きたくない.
私の内心は, 抑えきれないほどの苛立ちで満ちていた.
正幸は, 私がこの世界に来て, 最初に「攻略」しようとした相手だった.
彼は, 私の兄.
血の繋がりはないが, 幼い頃から私を可愛がってくれた.
システムも, 彼の私への好感度が最初から高かったと言っていた.
私は, もうすぐ元の世界に帰れると信じていた.
しかし, あの女が現れた.
大城沙織璃.
彼女は, 長谷部家の使用人の娘だった.
ある日, 些細なことで沙織璃が怪我をした.
正幸は, 私を冷たい目で見つめ, こう言ったんだ.
「お前は, どうしてそんなに意地悪なんだ. 」
「お前のような人間には, 誰も寄り付かない. 」
彼の言葉は, 私の心をズタズタにした.
システムは, 正幸の私への好感度が急降下したことを告げた.
「この対象を攻略するのは困難です. 諦めることを推奨します. 」
システムは, そう言った.
それから, 正幸は私を避けるようになった.
最終的に, 私を寄宿学校に送ることを提案した.
彼は, 沙織璃を守ろうとしていた.
「どうして, あんたがここにいるの? 」
私は, 正幸を睨みつけた.
もう「お兄様」とは呼べない.
「お前の姑息な手は, もう通用しない. 」
正幸は, 嘲るように言った.
「ここは, お前の実家じゃない. このホテルも, そうだ. 全ては私のものだ. 」
「お前は, 広瀬財閥との提携という立場を利用して, 私の親族だというだけで, 好き勝手していただけだ. 」
彼の嘲笑と軽蔑の眼差しが, 再び私の心を深く傷つけた.
でも, もう, そんな感情は無意味だと, 自分に言い聞かせた.
かつて, 正幸は優しかった.
幼い頃, 私が転んで泣くと, すぐに駆け寄って抱きしめてくれた.
あの頃の彼は, どこへ行ってしまったのだろう.
それでも, 私の心には, まだ微かな希望があった.
「正幸兄さん... 」
私は, 子供の頃のように彼の服の袖を掴んだ.
「私を, 殺して. 」
それが, 私の最後の願いだった.