話 1
「如月さん、佐伯蓮司が帰ってきたって聞いたけど、知ってる?」
賑やかなはずの個室に、その声は妙にクリアに響いた。 如月璃奈の隣に座っていた女子学生が、探るような笑みを浮かべて口を開く。
今夜は大学の同窓会。 懐かしさとアルコールでほどよく温まっていた空気は、佐伯蓮司という名前が投じられた瞬間、ぴんと張り詰めた。 好奇と悪意の入り混じった視線が、まるで合図でもしたかのように一斉に璃奈へと注がれる。
誰もが、彼女がどう反応するのかを固唾をのんで見守っていた。 大勢が集う円卓の中にあって、璃奈の存在はひときわ目を引いた。 その可憐な面立ちは、まるで月光を練り上げて彫り上げたかのようで、白い肌は気品ある艶を帯びている。
璃奈の美しい瞳は凪いだ水面のように静かで、目の前のグラスを手に取り、そっと一口含んだ。 「知らないわ」
間髪入れず、別の声が追い打ちをかける。「昔はあんたたちの恋、本当にすごかったもんね。 みんな、絶対結ばれると思ってたのに。 まさか、あなたが他の男と結婚するなんて。 今や蓮司はスターライト・エンタメの大社長よ。今さら後悔してるんじゃないの?」
元クラスメイトの女子が、隠しきれない嘲笑を声に滲ませる。 「あなたの旦那さん、少しは甲斐性があるらしいけど、蓮司ほどじゃないでしょ。 新しい恋人より古い恋人の方がいいって言うし。 ねぇ?」
あちこちで、くすくすと抑えた笑い声が漏れた。
アルコールのせいか、同級生たちの声が不快なノイズのように頭の中で反響する。 璃奈はそれ以上彼らの声を聞きたくなくて、ハンドバッグを手にすっと立ち上がった。 「みんなは続けて。 私、ちょっと気分が優れないから、お先に失礼するわ」
「おいおい、そんなに急いでどうしたんだよ。 旦那がお帰りの催促か?」
揶揄するような男の声が響いた、その時。 不意に個室の扉が開き、二つの人影が滑り込んできた。
璃奈が顔を上げると、その影の奥に立つ男――佐伯蓮司と、目が合った。
三年が過ぎ、彼は体にぴったりした黒のスーツを着て、以前よりも鋭い気迫をまとい、じっと彼女を見つめていた。
先に声を上げたのは、蓮司の寮のルームメイトだった須藤明彦だ。
佐伯蓮司の登場に、個室にいた女性陣の目が色めき立つ。 彼の容姿は昔から群を抜いており、学生時代も学内の王子様的存在だったのだから。
須藤明彦は璃奈に侮蔑の色を隠さない視線を向け、唇の端を歪めて言った。 「如月璃奈、いっそ旦那も呼んで一緒に飲んだらどうだ?」
「彼は忙しいので。 私もこれで失礼します」 璃奈は蓮司の突き刺さるような視線をあえて無視し、須藤に軽く会釈だけして、その場を去ろうとした。 璃奈の背中が見えなくなると、須藤は待ってましたとばかりに蓮司の肩を叩いた。
「見たかよ、蓮司。 今さらお前にどの面下げて会えるってんだ。 見栄を張ってお前を捨てたくせによ。 あんな女、ここにいる資格なんてねえんだ」
蓮司は須藤の言葉に何の反応も示さず、ただ無言で踵を返し、璃奈が消えた方へと歩き出した。
「おい、どこへ行くんだよ!」背後で須藤が訝しむ声が響いた。
璃奈はエレベーターを降り、ホテルのエントランスへと足を速める。
「如月璃奈!」 鋭い声と共に、蓮司がすぐ隣に追いつき、強く腕を掴んだ。 「俺の顔を見た途端に逃げるのか? 何か後ろめたいことでもあるのか?」
不意に腕を掴まれ、璃奈の体はぐらりと傾いだ。冷ややかに彼を一瞥し、低く呟いた。 「放して」。
蓮司は腕を放すどころか、むしろ力任せに自分の方へと引き寄せた。身長差を利して、彼女を覗き込む。 その瞳には、怒りと……それから、見捨てられた男のプライドが渦巻いていた。 「俺を捨ててあいつと結婚した結果がこれか? そいつは、お前にろくなアクセサリーひとつ買ってやれないのか。 これが、お前の選択か?」
「私のことは、あなたには関係ないわ」 肌に触れる彼の指が不快で、璃奈はありったけの力でその手を振り払おうとした。
二人がエントランスホールで揉み合っていた、その時。
この時、黒いランボルギーニがゆっくりと門の前に止まった。
見慣れたナンバープレートに、璃奈の美しい瞳が微かに揺れる。
その変化を、蓮司は見逃さなかった。 振り返った彼の視線の先で、車のドアが静かに開く。 知らず、その瞳の奥が険しさを増した。
長い脚をしなやかに伸ばし、車から降り立った長身の影。 彼が現れた瞬間、周囲の温度がすっと下がり、空気が張り詰めるのを感じた。
璃奈はその隙をついて蓮司の手を振りほどき、彼の方へ駆け寄った。 「明後日、帰るんじゃなかったの?」
時任悠真は歩み寄り、ごく自然な仕草で璃奈の腰を引き寄せ、庇うように抱いた。 その声は低く、心地よい磁性を帯びている。 「仕事が早く片付いたから、戻ってきた」
蓮司の視線が、二人の親密な仕草に突き刺さる。 瞳の光が、見る間に翳っていく。
悠真は冷ややかな瞳で佐伯蓮司を値踏みするように一瞥し、言葉は璃奈に向けた。 「君の同級生か?」
璃奈の瞳に驚きがよぎる。 彼が自分と蓮司の関係を知らないはずがないのに。 その場の空気が、とたんに息苦しいほど気まずくなった。 彼女は黙って頷くことしかできない。
悠真は小さく頷くと、真っ直ぐに蓮司を見据えた。 「はじめまして。 如月璃奈の夫です」
話 2
それは紹介であり、そして、牽制だった。
先ほどの男と璃奈が揉める光景は、悠真の脳裏に焼き付いて離れなかった。
「帰るぞ」 低く告げると、時任悠真は有無を言わさず如月璃奈の細い腰を引き寄せ、自分の車へと向かった。
帰りの車内は、息が詰まるほど静まり返っていた。
璃奈は、隣に座る悠真から放たれる空気が、いつもよりずっと冷たく、まるで氷のように肌を刺すのを感じていた。 佐伯蓮司が現れたことで、彼のプライドを傷つけてしまったのだろうか。
怒っているのか、いないのか。 彼の表情からは読み取れない。 それでも、何か言わなければ。 その沈黙が、璃奈を追い詰めていた。
か細い唇が、ためらいがちに開く。 「あの、今夜は同窓会で……佐伯さんがいらっしゃるなんて、私も知らなくて……」
言い訳じみた言葉がこぼれかけた、その時。 悠真が、璃奈の言葉を遮るように、隣の座席にあった上品な紙袋を無言で差し出した。 「土産だ」
璃奈は一瞬、差し出されたそれに戸惑いながらも、おずおずと手にした。
結婚して三年。 彼がこの家にいた日数は指で数えるほど。 けれど、出張から帰るたび、彼は必ずこうして璃奈に土産を買ってきた。
では、今の彼は――怒っているの? それとも、いないの?
唇をきゅっと噛むと、手の中の贈り物が、まるで熱を持っているかのように感じられた。
悠真の方へ視線を向ければ、彼はすでに深くシートに身を沈め、固く目を閉ざしていた。 これ以上の会話を拒む、明確な意思表示。
璃奈はもう、何も言えなかった。 飲んだお酒のせいか、思考がうまくまとまらない。 そっと窓を少しだけ開けると、ひやりとした夜風が火照った頬を撫で、昂った神経をわずかに鎮めてくれるようだった。
三年前、如月グループは深刻な資金難に陥り、倒産の危機に瀕していた。 その時、父が持ち出したのが時任家との縁談だった。 璃奈と悠真は幼い頃からの許嫁であること、両家の祖父が生死を共にした戦友であったこと。 父はそれを盾に、傾きかけた会社を救うため、璃奈に悠真との結婚を迫ったのだ。
如月グループは、亡き母が心血を注いだ、彼女に残された最後の宝物だった。 それを失うことだけは、どうしてもできなかった。 一方で、当時の蓮司は起業したばかりで精神的に不安定で、二人は些細なことで口論を繰り返していた。 すれ違いの末、璃奈は自ら別れを告げた。
結婚後も、悠真の態度は氷のように冷たいままだった。 けれど、こうして時折見せる気遣いを思えば、決して悪い夫というわけではないのかもしれない。
観月湾、二人の新居。
車は、タワーマンションの地下駐車場へと滑り込んだ。 やがて静かに停車すると、運転席から声がかかる。 「時任社長、奥様、ご到着です」
その声に、うとうとと微睡んでいた璃奈ははっと我に返った。 間髪入れず、耳元で低く抑揚のない声が響く。 「鈴木、もう上がれ」
「かしこまりました」 運転手の鈴木佐助は一礼すると、静かに車を降りていった。
璃奈がドアハンドルに手をかけた、 その瞬間。 不意に手首を強く掴まれ、
抗う間もなく引き寄せられた。 「きゃっ」
短い悲鳴とともに、璃奈の体はふわりと浮き、気づけば悠真の硬い太腿の上に跨る形で座らされていた。 無理やりに開かれた両脚が、彼の腰を挟む。
あまりに屈辱的な体勢に、顔から首筋までが一気に熱くなる。 身じろぎ、なんとか降りようとするが。
しかし、悠真はそれを許さない。 大きな手が璃奈の腰を捕え、ぐっと力強く引き寄せる。 ぴたりと密着した胸元から、互いの心臓の音が伝わってくる。 薄いドレス越しに、彼の体の熱が、その奥にある硬質な熱が、はっきりと伝わってきた。
「と、時任悠真……! お、降ろして……っ!」 この危険な合図は、如月璃奈にとってあまりにも見慣れたものだった。 彼女は顔を赤らめ、もがいて逃れようとした。
悠真は何も答えず、ただ片手で璃奈の顎を捉えると、まるで罰を与えるかのように激しく唇を塞いだ。
ふっと、タイミングを合わせたかのように駐車場のセンサーライトが消え、車内は濃い闇に包まれる。 二つの影だけが、その中で艶めかしく重なり合っていた。
羞恥と混乱に駆られ、璃奈はか細い手で彼の胸を押し返す。 けれど、その抵抗はあまりに弱々しかった。 これまでの彼は、どんなに激しく求めてきても、決して外でこんなことはしなかった。 それなのに、今は。場所も弁えぬその行動が、彼の怒りの深さを物語っているようで、璃奈は恐ろしかった。
悠真は璃奈の小さな顔を両手で包み込み、角度を変えながら、時に啄むように、時に深く貪るようにキスを繰り返す。 荒い息遣いが耳元で響き、腰を掴む手に力がこもる。
長い、熱い口づけが終わり、ようやく唇が解放された時、璃奈は息も絶え絶えだった。 目の前の男の瞳に、わずかに腫れ、艶を帯びた自分の唇が映っているのが見えた。
再び大きな手が璃奈の顎を捉え、逸らしかけた視線を無理やり絡めとられる。 耳元で囁かれた声は、低く、底冷えのするような色気を帯びていた。 「今夜の同窓会、楽しかったか?」
その声に含まれた冷たい怒りに、璃奈は背筋が凍る思いがした。
普段、感情の起伏をほとんど見せない悠真の、あまりに異常な様子に璃奈は息を呑む。
何かを言おうと口を開きかけたが、それより早く、腰を掴む手にぐっと力が込められ、思わず顔をしかめた。
墨を溶かしたような深い瞳が、探るように璃奈の顔を覗き込み、やがてその視線が、自分がつけた傷のように赤く腫れた唇に注がれる。 「酒を飲んだな?」
璃奈はこくりと頷くことしかできなかった。
「俺が言ったこと、覚えているか」
追い詰めるような声に、璃奈は唇を噛みしめる。 彼の肩に置かれた手は、知らず知らずのうちに強くシャツを握りしめていた。璃奈は、ひどく酒に弱い。
かつて酔って大通りに飛び出し、車に轢かれそうになったことがあった。 病院からの連絡を受け、悠真は重要な会議を放り出して駆けつけたという。 その時の彼の顔は、見たこともないほど険しかった。 それ以来、彼は璃奈に固く飲酒を禁じていたのだ。
あの男――蓮司が帰ってきたから、禁を破ったとでも言うのか。
そんな疑念が、悠真の胸に黒い炎のように燃え盛る。 璃奈の腰をなぞっていた大きな手は、次第に苛立ちを帯びて乱暴になり、やがて薄いスカートの裾を押し上げ、ためらいなくその奥へと侵入した。
話 3
「今夜は……お酒の席でしたし、皆さんのお手前、どうしても断りきれなくて……。 でも、もう二度といたしませんから」
璃奈がそう懇願しても、彼の端正な顔から氷のような険しさが消えることはなかった。 その硬い表情と、わずかな指先の動きから、彼が何を求めているのかを痛いほどに察してしまう。
彼女は反射的に視線を落とし、頬を染め、懇願するようにか細い声で尋ねた。 「お家に、帰ってからじゃ……だめ、ですか?」
「だめだ」
その声には有無を言わせぬ傲慢な響きがあり、拒絶という選択肢を初めから奪っていた。
抗う術もなく、璃奈は顔を赤らめながら、ためらいがちに震える指先を伸ばし、彼のシャツのボタンに触れた。 たった一つのボタンを外すのに、永遠とも思える時間が過ぎていった。
それに焦れたように、時任悠真は短く舌打ちをすると、大きな手で彼女のワンピースの合わせを力任せに解き払った。
胸元に走る冷気に、璃奈は小さく身を震わせる。 剥き出しの肌が、車内の冷えた空気に直接晒された。
今夜、彼女が纏っていたジンジャーイエローのラップワンピースは、彼がリボンを引くだけであっけなく解け、最後の抵抗も虚しく、下着もまた彼の貪るような手つきによって剥ぎ取られていく。
カチャリ、とベルトのバックルが外れる無機質な音が、狭い車内にやけに大きく響いた。 静寂を破るその音は、なぜかひどく官能的に耳に届く。
静まり返った無人の駐車場で、漆黒のランボルギーニが時折、微かな軋みとともに車体を揺らす。 漏れ聞こえるのは、男の低い呻きと、女のか細い喘ぎ声。 それは夜の闇に溶けて、どこまでも淫靡に響いた。
窓の外を涼やかな夜風が撫でていくのとは対照的に、閉ざされた車内の空気は、二人の熱でじっとりと湿度を増していく。 乱れた璃奈の髪が悠真の胸をかすめるたび、甘い戦慄が肌を駆け上る。 絡み合う視線の先で、抑えきれない情欲の炎が揺らめいていた。
屈辱と快感に顔を真っ赤に染めながらも、彼によって掻き立てられた熱を、璃奈はもはや抑えることができなかった。 思考が蕩けていく中で、突き上げられる体の動きに合わせ、彼の逞しい首筋に腕を回してしがみつくのが精一杯だった。
悠真は彼女の柔らかな鎖骨に、罰を与えるかのように軽く歯を立てる。 甘い痛みに、璃奈はくっと息を詰めた。
ようやく解放されると思った矢先、悠真は不意に彼女の体を反転させ、シートの背もたれに強く押し付けた。 そして、さらに深く、激しい攻勢が始まる。
霞む視界の中、かろうじて目を開けると、すぐ間近にある男の顔は憎らしいほどに眉目秀麗で、その瞳の奥には、理性の箍が外れた濃密な欲望が渦巻いていた。
どれほどの時間が過ぎたのだろう。 璃奈は快感の後の倦怠感に身を委ね、瞼を上げる力さえ残っていなかった。
悠真は手早く身なりを整えると、ぐったりとした璃奈の体を自分のジャケットで隙間なく包み込み、壊れ物を扱うようにそっと抱き上げて車から降ろした。
家に戻る頃には、璃奈は意識を失うように深く眠り込んでいた。 透き通るような白い肌には玉の汗が浮かび、形の良い眉は苦しげに寄せられ、時折、魘されるように「やめて」と小さな寝言が漏れた。
先ほどの行為で、やはり彼女を傷つけてしまったのだろうか。
悠真は璃奈を抱きかかえたまま浴室へ向かい、温い湯で彼女の体を清めると、再びベッドへと運び、柔らかなシーツの上にそっと横たえた。
自らも手早くシャワーを浴び、バスローブを羽織ってリビングの床まで続く大きな窓の前に立つ。 慣れた手つきで一本の煙草に火をつけると、立ち上る紫煙が彼の表情を曖昧にぼかしていく。
秘書の井上陽介からだった。 「時任社長、スターライト・エンタメの者が、社長のことを調査している模様です」
今夜、璃奈と言い争っていた男――佐伯蓮司の顔が脳裏をよぎり、悠真の顎のラインが、より一層硬く引き締まった。 短い沈黙の後、「わかった」とだけ告げて通話を切る。
三年前、璃奈は佐伯と別れ、その後、彼と電撃結婚した。 あの佐伯が、このタイミングで戻ってくるとは。
二人の関係は、結婚する前から知っていた。
彼は、肺を満たした煙を静かに吐き出した。 本来なら、まだ出張先にいるはずだった。 だが、佐伯蓮司が東都に帰国したという一報を受け、あらゆる予定をキャンセルし、夜を徹して駆け戻ってきたのだ。
ホテルのエントランスで、案の定、二人はもみ合っていた。 かつて璃奈は、あれほどまでに佐伯を愛していた。 佐伯の帰国が、燻っていた残り火に再び油を注ぐことになるのではないか?
間接照明が落とす影の中、悠真の表情は窺い知れず、その瞳の奥に宿る昏い光は、ゆらめく紫煙の向こうに隠されていた。
――
一夜が明け、 空が白み始める頃。
璃奈はぐっすり眠っていて、朝九時になってやっとゆっくり目を覚ました。
気だるい体を引きずるように寝室を出ると、ダイニングテーブルには、珍しく悠真が座っていた。
まだ会社へ行っていなかったの? いつもなら、 この時間にはもう家にはいないはずなのに。
璃奈は唇をきゅっと結び、昨夜の余韻が残る気だるい足取りでテーブルへ向かうと、そこには既に温かな朝食が並べられていた。
璃奈の気配に気づいたのか、悠真は作業していたノートパソコンを静かに閉じると、彼女に視線を移し、いつもと変わらぬ平坦な声で言った。 「起きたのか。 朝食だ」
璃奈が音を立てずに隣の席に着くと、まるで気配を読んでいたかのように使用人が現れ、二人の前にそっと粟粥の椀を置いた。
音ひとつ立てない彼の食べ方は洗練されていて優雅そのもので、食事中に言葉を交わすことはほとんどない。
やがて、いつものように使用人が一冊の週刊誌を悠真の傍らに置いた。 朝食をとりながらゴシップ誌に目を通すのが、彼の習慣だった。
何気なく横目で見ただけだったが、璃奈の視線は、その表紙に釘付けになった。
そこに写し出された光景に、あまりにも見覚えがあったからだ。
璃奈の凍りついたような視線に気づき、悠真もまた雑誌を手に取った。
そして、冷ややかな瞳でその扇情的な見出しに目を通した。 『スターライト・エンタメ新社長と初恋の彼女が再会、熱愛復活か』
それは、昨夜ホテルの前で佐伯蓮司ともみ合っていたまさにその瞬間を切り取った一枚だった。 佐伯の顔は鮮明に写っているのに対し、璃奈はうつむいた横顔だけだ。 だが、彼女を知る者が見れば、それが誰であるかは一目瞭然だった。