話 2
カイト:SIDE
サンダルウッドと野生の蜂蜜の香りが俺のオフィスに満ちていた。
由良の香りだ。
俺の人生で常に存在するようになった、むせ返るような甘さ。
彼女は革のソファに丸くなり、お腹に手を当て、小さく心配そうな顔をしていた。
「本当に彼女、やるかしら、海斗?」
彼女はか細い囁き声で尋ねた。
「ミヅキって…頑固なところがあるから」
「彼女はやる」
俺はプライベートな思念リンクで、しっかりとした安心させる口調で返した。
「『絶対命令』を使った。彼女に選択肢はない」
由良の香りは、高位の雌狼の証として、心地よいはずだったが、最近は…何かが違うと感じていた。
何かを隠そうとする香水のようだ。
俺の内なる狼を落ち着かせることはなかった。
俺の狼は数ヶ月間、落ち着きがなく、ミヅキではなく、由良の絶え間ない存在に苛立っていた。
彼女のはぐれ者に襲われたという話には、俺の本能が何かおかしいと感じていたが、その感情を押し殺してきた。
由良の家は、他の者たちが躊躇したときに俺のアルファとしての主張を支持してくれた。
俺は彼女に借りがある。
ミヅキ。
彼女の香りは乾いた大地に降る雨と、冬の霜の気配。
清潔で、シンプルで、なぜか俺の狼を咆哮させたくなる。
月の女神は彼女を俺の運命の番だと宣言した。
俺が否定できない絆だ。
しかし、彼女はオメガで、群れも地位もない一匹狼。
絆は…不完全に感じられた。
それは強力な肉体的な引力、根深い欲望だったが、長老たちがいつも話す深い魂の繋がりは欠けていた。
俺はそれが彼女の低い地位のせいだと思っていた。
母の麗子は、「名もないオメガ」が俺の血統を弱めると、機会あるごとに俺に思い出させた。
オフィスのドアが開いた。
ミヅキがそこに立っていた。
彼女の顔は青白く、その瞳には深く、見慣れない冷たさが宿っていた。
彼女は俺から由良へと視線を移し、由良が自分のお腹に置いた手に視線が留まった。
一瞬、俺の胸に奇妙な痛みが走った。
俺たちの strained mate bond からの幻の痛みだ。
「由良には休息が必要だ」
俺の声は意図したよりも厳しく出た。
「彼女は悪夢を見ている。精神が不安定なんだ。お前は当分の間、西棟のオメガの居住区に移れ」
俺は彼女が反論するか、泣くかと思った。
彼女はどちらもしなかった。
小さく、苦い笑みが彼女の唇に浮かんだ。
「ここは私の家よ、海斗。私はあなたの運命の番。この群れのルナよ」
「由良はストレスを感じると自傷行為に走るんだ!」
俺は彼女の反抗に苛立ち、狼が表面に出てきて怒鳴った。
由良が主張したことだが、治癒師は一度も確認できなかった。
それでも、リスクは大きすぎた。
「お前の存在が彼女を苛立たせる。俺の言う通りにしろ」
アルファの命令が再び俺の声に乗り、彼女が身をすくめるのが見えた。
痛みの閃きが彼女の顔を横切った後、あの不気味な静けさに取って代わられた。
彼女はただ向きを変えて歩き去った。
その夜遅く、俺は彼女を俺たちのベッドで見つけた。
部屋の感じがおかしかった。
由良の甘ったるい、むせ返るような香りが空間に染み込み、カーテンやシーツにまとわりついていた。
それは侵害だった。
この空間はミヅキの香り、雨と霜の香りがするはずだった。
俺の内なる狼は落ち着きなく歩き回り、苛立っていた。
俺は彼女の後ろからベッドに滑り込み、彼女の腰に腕を回した。
彼女の体は硬く、こわばっていた。
「俺たちには他の子が生まれるさ、ミヅキ」
俺は彼女が俺の命令に従ったものと思い、彼女の髪に囁いた。
「たくさん。強い子たちが」
彼女は何も言わなかった。
彼女の沈黙は、俺たちの間の壁だった。
突然、隣の客室から甲高い悲鳴が夜を切り裂いた。
由良だ。
「いや!離れて!私に触らないで!」
俺は一瞬でベッドから飛び起きた。
俺のアルファの本能が、脅かされている雌を守れと叫んでいた。
由良の部屋に飛び込むと、彼女はベッドで暴れ、目は恐怖に大きく見開かれ、あのはぐれ者による襲撃の記憶を追体験していた。
俺は夜の残りを彼女のそばで過ごし、彼女を落ち着かせ、安心させる言葉を囁いた。
翌朝、階下に降りると、由良がキッチンで鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れていた。
彼女は俺を見ると顔を輝かせた。
彼女は歩み寄り、後ろから俺の腰に腕を回し、俺の背中に頬を寄せた。
「一緒にいてくれてありがとう」
彼女は囁いた。
「あなたといると、とても安心するわ」
ミヅキがちょうどその瞬間に入ってきた。
彼女は凍りつき、その目は由良が俺に回した腕に釘付けになった。
彼女の顔には、これまで見たことのない表情が浮かんでいた。
悲しみではなく、ぞっとするような、深い空虚さ。
「海斗、上の階から私のショールを取ってきてくれる?隙間風が寒いの」
由良は蜂蜜のように甘い声で言った。
俺が部屋を出た瞬間、床板を通して由良の口調が変わるのが聞こえた。
もはや柔らかく、か弱くはなかった。
鋭く、毒々しかった。
「彼、私に言ったのよ」
由良の声が聞こえてきた。
「あなたが孕んでたみたいな雑種の子は、アルファの血統にふさわしくないって。始末できて安心したって言ってたわ」
俺は階段の途中で立ち止まり、眉をひそめた。
俺はそんなことは言っていない。
「あなたは彼が道端で拾った名もないオメガにすぎないのよ」
由良は軽蔑に満ちた声で続けた。
「本当に私と張り合えると思ったの?私の家系は白牙一族と遠い親戚なの。私にはコネがある。あなたには何もない」
階下からの突然の衝突音に、俺は急いで駆け下りた。
俺が見つけたのは、床に倒れ、お腹を抱え、顔に涙を流している由良だった。
ミヅキは彼女の上に立ち、まるで彼女を突き飛ばしたかのように手を伸ばしていた。
「彼女が私を突き飛ばしたの!」
由良は泣きじゃくった。
「海斗、彼女が赤ちゃんを傷つけようとしたのよ!」
一瞬の疑念が俺の心をよぎった。
由良のさっきの嘘がまだ頭に残っていたからだ。
しかし、床で苦しんでいるとされる彼女の姿が、俺が数ヶ月間磨き上げてきた本能を引き起こした。
熱く、絶対的な怒りが俺の感覚を洪水のように満たした。
俺の保護本能が完全に支配した。
俺は考えなかった。行動した。
「一体どうしたんだ、お前は!」
俺は咆哮し、俺のアルファの力の全力がミヅキに叩きつけられた。
彼女は壁に叩きつけられ、彼女の頭が石にぶつかる嫌な音がした。
彼女は床に滑り落ち、呆然としていた。
しかし、彼女は泣かなかった。
彼女はただ俺を見ていた。
その目は澄んでいて、恐ろしい、最終的な理解に満ちていた。
俺はそれ以上見るのを待たなかった。
泣き叫ぶ由良を腕に抱き、彼女を運び出し、ミヅキを冷たく硬い床の上に一人残した。
話 3
セラ・ミヅキ:SIDE
二日間、アルファのツリーハウスは静まり返っていた。
彼は戻ってこなかった。
かつては私の運命の番の力強く、酔わせるような香り――松と野生のムスクの香りで満たされていた空間が、今では空虚に感じられた。
由良の病的な甘い香りが残り、私の失敗を絶えず思い出させた。
私は泣かなかった。
涙は胸のどこかで凍りついてしまった。
代わりに、私は冷たく、意図的な目的を持って動いた。
彼がくれたすべての贈り物を集めた。
初めて会ったときにもらった押し花、私の目に似ていると言ってくれた滑らかな川の石、彼が私のために彫ってくれた素朴な木製の狼。
一つずつ、暖炉に投げ込んだ。
炎がそれらを飲み込み、私の彼への愛のように、灰になるまで見つめた。
三日目、海斗のベータであるマコトという狼がやってきた。
彼は私の目を見ようとしなかった。
彼はベルベットの箱を差し出した。
「アルファ海斗が、今夜の由良様の誕生日のお祝いに、これを渡すようにと」
マコトは思念リンクを通して、同情に満ちた思考を送ってきた。
「贈り物です」
私は箱を受け取り、開けた。
中には、絹のベッドに収められたムーンストーンのネックレスがあった。
それらは内なる光で輝き、美しく、純粋だった。
彼は私たちの交配の儀式の夜に、これを私に約束していた。
「私の唯一無二のルナへの贈り物だ」と彼は言っていた。
今、彼はそれを彼女に送り、私をメッセンジャーとして使っている。
それは単なる侮辱ではなかった。
メッセージだった。
私の役割はもはや運命の番ではなく、召使いだということ。
「彼に伝えて。私が直接届けると」
私は声に出して言った。私の声は安定していた。
マコトが去った後、私は隠していたチェストに向かった。
偽の底の下から、小さく平らな短剣を取り出した。
それは黒曜石の一枚岩から彫られ、手の中で冷たく重かった。
刃に沿って、銀でルーン文字が刻まれていた。
それは「拒絶の儀式」のための短剣、あまりにも痛みを伴い、最終的であるため、めったに使われることのない、私自身の一族の遺物だった。
今夜、彼女のパーティーで、すべての同盟パックの前で、私は自分自身を解放する。
大広間に入ると、敵意に満ちたエネルギーの波が私を襲った。
何百もの視線が私に注がれた。
思念リンクは軽蔑の不協和音だった。
「あのオメガ、本当に来たわ。見て、あの安っぽいドレス」
「恥知らずね。あんなことをした後に」
「どうしてアルファ海斗はまだ彼女を追放しないのかしら?」
私は彼らを無視した。
私の視線は部屋の中央に固定されていた。
そこでは海斗が由良を腕に絡ませて立っていた。
彼女はきらめくゴールドのガウンで輝き、ムーンストーンのネックレスはすでに彼女の喉に留められていた。
彼女は待ちきれなかったのだろう。
私は簡素なドレスのひだに黒曜石の短剣を隠し、まっすぐ彼らに向かって歩いた。
空のベルベットの箱を差し出した。
「贈り物の箱、お忘れですよ」
私は言った。私の声は、突然静まり返ったホールに響き渡った。
由良の目は勝利に輝いた。
彼女は身を乗り出し、海斗の頬にキスをした。露骨な所有行為だ。
「あら、うっかりしてたわ。ありがとう、ミヅキ。海斗が早く着けてほしがったものだから」
そして、彼女の目は大きく見開かれ、小さな息を呑み、芝居がかったようによろめいた。
「あっ!けいれんが!」
海斗はすぐに彼女に全注意を向け、心配そうに眉をひそめた。
「大丈夫か?治癒師を呼ぶか?」
「いいえ、いいえ、大丈夫よ」
彼女は息を切らしながら、彼にさらに強くしがみついた。
「ただ…少しめまいがするだけ」
彼は気を取られていた。
絶好の機会だった。
私は黒曜石の短剣を抜いた。
群衆は息を呑んだ。
海斗の頭が私に向き、彼の目は信じられないという表情から怒りへと変わった。
「ミヅキ、これはどういう意味だ?それを下ろせ!」
彼は唸った。
私は彼を無視した。
私はカミソリのように鋭い刃を自分の手のひらに滑らせた。
痛みは清潔で、本物だった。
私は血を流す手を上げ、皆に見せた。
そして、私は古代の言葉を口にした。
私の声は、彼らが私から聞いたことのない力で響き渡った。
私が長すぎる間、隠し続けてきた力。
「我、白牙一族のセラ・ミヅキは、汝、暁ノ牙の海斗を、我が運命の番として拒絶する」
言葉の中の魔法が空気中で振動した。
物理的な力。
海斗は打たれたかのように後ずさりし、その顔は衝撃と突然の痛みで歪んだ。
月の女神によって結ばれた神聖な絆、運命の番の絆が、強制的に引き裂かれていた。
拒絶が完了するためには、彼がそれを受け入れなければならなかった。
「こんな馬鹿げたことはやめろ!」
彼は唸った。
由良への心配が彼を無謀で焦燥させた。
彼はただドラマを終わらせたかったのだ。
彼は動揺した状態で、私の挑戦を退け、由良の元へ戻りたい一心で、考えもなしに拘束力のある返答を口にした。
「我、海斗は、汝の拒絶を受け入れる」
その言葉が彼の唇から離れた瞬間、世界が砕け散ったかのようだった。
焼けるような、白熱した苦痛が私の胸を突き抜け、息を奪うほどの痛みだった。
その苦痛の鏡像が彼の目に一瞬閃くのを見たが、すぐに混乱と由良の泣き声が彼の注意を取り戻した。
まさにその瞬間、群衆の中から足が突き出され、私はつまずいた。
私は激しく倒れ、頭が大理石の床に叩きつけられた。
目の前で星が爆発した。
耳鳴りの中で、海斗の声が聞こえた。
遠く、パニックに陥っていたが、私のためではなかった。
「由良!誰か治癒師を呼べ!」
彼は背を向け、一度も振り返ることなく、泣き叫ぶ由良をホールから急いで連れ去った。
絆は壊れた。
それは私の魂に開いた、血を流す傷口だったが、痛みの下には別の何かの欠片があった。
自由。
群衆からの嘲笑やあざけりを無視して、私は体を起こした。
額から血が滴っていたが、私は背筋を伸ばして立った。
一人で、弱く、そしてついに、完全に自由になった。
人間の病院に行かなければ。
私の子を救わなければ。